宮田塾のブログ

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中学入試国語雑感


国語(大学入試で言えば現代文になります)という教科は、その性質上、何か一つの体系を身に付ければ、すべての文章が読解できて、問題もスラスラ解けるようになる、というものではありません。

少なくとも国語に関する限り「○○方式でバッチリ!」とか「○○法なら完璧!」というような言葉は宣伝文句にすぎないと思います。学問に王道なし、安易な手段に踊らされるのは愚かです。(そもそも「○○方式」や「○○法」が画期的な指導方法で、万人に効果を上げるのであれば、とっくの昔に学校教育に導入されているはずですよね。)

しかし、逆に言えば、その体系化しにくい内容を、授業や各種問題の分析などから吸収できれば、大変合理的に勉強が進む科目でもあります。はっきり言えば、少ない勉強時間で合格点に達する科目になりうるわけです。

具体的には、国語の基礎力があれば、半年程度で十分難関中学の入試問題にフィットできるでしょう。(大学入試問題ならもう少し欲しいところですが。)

基礎力のない場合は、基礎から積み上げてゆくことが必要なため、やや時間がかかることになります。したがって、受験学年までには、国語の基礎力を築き上げておきたいところです。国語の基礎力を築くことは、他の科目にも必ず良影響を与えます。国語の優先度を高めるべきだと考えるゆえんです。

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The Bucket List

ちょっと前、映画「最高の人生の見つけ方」を見てきました。原題は "The Bucket List"。素晴らしい映画でした。

ジャック・ニコルソンが演ずるのは、一代で巨万の富を築いたアクの強い男。一方、モーガン・フリーマンが演ずるのは、町の小さな自動車整備工場で40年以上働き続けた男。

対照的な二人ですが、頃を同じくしてガンに冒され、余命6ヶ月と宣告されます。ひょんなことから友人になった二人は、余生を最高のものとすべく、病院を飛び出して...というストーリー。

まず何より、主演二人の演技力の高さに脱帽。ある意味、手あかにまみれた「人生を楽しむべし」というテーマに、ここまで説得力を持たせることが出来るのは、二人の芸の強靱さにあると思います。

と、映画の内容はこれぐらいにして、塾ブログらしく英語・国語の話題に続けます。

原題の "The Bucket List" は "kick the bucket" という表現を元にしています。"kick the bucket" は、日本語にすると「くたばる」といったところなので、"bucket list" は、「くたばる前(にやりたいこと)リスト」ということになります。主演の二人がリーガルパッドにやりたいことを書き連ねてゆくんですが、これが"bucket list" になります。

映画の要所要所で、このリストが大写しになるので、観客としては "bucket list" という言葉が心に刻み込まれます。邦題はそういう観点からすると、大きく外している気がします。まぁ、邦題一つで興行収入が大きく変わるそうなので、仕方がないのかもしれませんが...。「バケツリスト」では、多分お客さんが入らないでしょうし。

さて、"bucket list" には、いくつもの項目があるんですが、その中に「世界最高の美女とキスをする」という項目があります。モーガンが「どうやってそんなことできんだよ!」と言うと、ジャックは悪戯っ子のような笑みでこう返します。

"Volume!"

単純に日本語にすると「量!」というところでしょうが、字幕作成者はこう訳していました。

「数をこなす!」

上手い!ここはジャックの女性観・恋愛観も盛り込まれている台詞なんですが、達意の日本語だと思います。

実は「世界最高の美女とキスをする」という項目は、後の感動的なシーンの伏線にもなっているんですが、ネタバレになるので、これぐらいにしておきましょう。

オススメの映画です。

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字幕付き映画と国語力


英語圏のメジャーな映画だと、字幕版と日本語吹き替え版が用意されています。あなたならどちらを選択されますか?

私は絶対に字幕版を選択します。

・俳優の肉声(演技の重要な一部分ですよね)が聞ける。
・英語の台詞を聞きながら、日本語の情報も目に入る。

更に、耳の不自由な人にも便利ですよね。映画の字幕って、日本の優れた文化の一つだと思います。

音声と字幕を比べてみるとよく分かりますが、字幕ではかなりの情報が削除されています。音声が10とすると、字幕が5~7ぐらいのことも多い。しかし、セリフの巧みな取捨選択・翻訳の妙で、映画のキモは伝わるわけです。

戸田奈津子さんに代表される字幕作成者(翻訳者とはちょっとニュアンスが違うのでこの語を使います)が、英語力だけではなく、かなりの国語力を有しておられるのは間違いありません。
彼女自身「英語力なんてあって当たり前、日本語の力がない人間はこの世界に向かない。むしろ国語力の方が重要。」という趣旨の話をしておられます。
(もちろん、数ある映画の中には???となるような字幕もありますが、そこは愛嬌。)

しかし、最近異変が起きているようです。
若者を中心に、字幕離れが起きているらしい。

何でも、限られた時間で、文章を読み切ることが出来ない人が増えてきており、字幕版が敬遠されがちになっている。配給会社としても、字幕の情報量や漢字を少なくするなどして対処しているが、それでも吹き替え版の方が人気が高くなりつつある、という話。

詳しくはこちらに産経ニュースの記事があります。
「映画字幕で業界が四苦八苦 若者の知的レベル低下が背景か?」

こんなことが続けば、子供向きの映画だけではなく、大人向きの映画でも字幕版が絶滅するかもしれません。字幕付きの映画が楽しめないレベルの国語力、これはかなりマズいと思います。

小さい頃から読書・映画鑑賞に親しませる、それぐらいしか解決策はないでしょう。逆に言えば、国語力を付けるには、幼い頃からの地道な積み重ねが重要です。といっても、楽しい「積み重ね」ですから、結構楽な気がするんですが...。いかがでしょうか。

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携帯電話と勉強 Part3

Part2の続きです。

Benesse教育研究開発センターによるデータがあります。
http://benesse.jp/berd/data/dataclip/clip0001/index.html

再び引用です。
「「友だちに送るメール」は、小学生の場合「ほとんど使わない」が52.1%と過半数を占めるものの、中学生では「21回以上」使う割合が全体の37%にのぼる。1日2回以下は16.4%と少数派だ。」

他のデータによると、1日に50回以上メールを送信するケースも珍しくないようで、携帯電話に費やす莫大な時間・労力を考えると頭がクラクラしてきます。

「即座にメールに返答しないと仲間はずれにされないか不安」「クラブの先輩からのメールには5分以内に返事を出さないと失礼にあたる」「(マナーモードにしていても)5分に一度はメールを確認する」などという話もネットや現実で聞きますが、こうなってくると勉強などというものは、はるか彼方に追いやられます。

携帯電話を上手く利用するのは全然構わないのですが、振り回されることだけは避けて欲しいところです。

振り回されている場合、一番良いのは携帯を捨てるということです。それが無理なら、せめて勉強中は電源を切り、一切の連絡を遮断するぐらいの気持ちでいて欲しいと思います。

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携帯電話と勉強 Part2

Part1の続きです。

塾として無視できないのは、携帯電話が「貴重な時間を侵食する」という点です。

中学生以上は、ただでさえクラブ活動に膨大なエネルギーと時間を費やしているのに、帰宅してから携帯電話の通話・メールにも長時間を使うとなれば、勉強時間が捻出できないのは当然です。

何を今更、ゲームやテレビと一緒じゃないかと思われるかもしれませんが、携帯はそういった「時間喰い虫」とは、かなりレベルが違うように思います。ゲームやテレビだと、問題になるのは自分をコントロールする気持ち・能力だけです。つまり自分さえ真剣になれば、ゲームやテレビを制限することが出来る。

しかし、携帯電話の場合は、通話にせよメールにせよ「相手」があってこそ成立します。自分が強い気持ちを持っても、他者がズカズカ踏み込んで来ることが多い。

しかも思春期は人間関係にとてもナイーブな時期です。「相手」から嫌われたり無視されたりすることを異常に恐れる時期だと言ってもよい。勢い、来たメールには必ず即座に返答するということになってくるわけですが、携帯電話を気にしながらの、しかもしばしば中断しながらの勉強が、どういうことを意味するかは容易にご想像いただけるかと思います。

Part3に続きます。

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携帯電話と勉強 Part1

政府の教育再生懇談会は、「原則として小中学生に携帯電話を持たせない」という提言を報告書に記載しました。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku_kondan/matome.pdf
(リンク先はPDFファイルです。)

ちょっと長いですが、要旨を引用します。

「(1)携帯電話利用についての教育を推進し、必要のない限り小中学生が携帯電話を持つことがないよう、保護者、学校はじめ関係者が協力する。小中学生が持つ場合には、通話機能等に限定したものが利用されることを推進する。機能を限定した携帯電話の開発と普及に携帯電話事業者も協力する」

塾としても、携帯電話には見過ごせない問題があると考えています。

違法サイトに関係する・犯罪に巻き込まれる、というような低レベルな話は、学力や成績の向上を考えるレベルとは大きく隔たりがあるので、この記事では無視しておきます。

塾として無視できないのは「貴重な時間を侵食する」という点です。

Part2に続きます。

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国名変更と音楽

LP盤を整理していて思い出した話です。

高校生の頃、アフリカ音楽に興味を持ち、色々聴いていたんですが、特に面白いと思ったのが、旧ザイールのポピュラー音楽でした。その頃はザイレアン・ポップ(ザイールのポップ)と呼ばれることも多かったように記憶しますが、旧ザイール共和国は1997年国名をコンゴ民主共和国に変更したため、今やザイールという国は地球上に存在しません。

そんなわけで、今の日本ではリンガラ・ミュージック(リンガラ語で歌われる歌)という語の方がポピュラーになっているようです。地理・政治が音楽の呼び名に関わることがあるという例ですね。

さらに思い出話。

20年以上前、ザイールのトップバンドが大阪にコンサートに来たことがありました。高校生だった私は喜び勇んでコンサート会場に出かけましたが、観客のほとんどが在日ザイール大使館員ばっかりでビックリ。小さい会場(近鉄小劇場)なのに空席も目立ち、メンバーも心なしか不機嫌だったような...。しかしコンサート自体は最高に面白かったことを今でもよく覚えています。

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LPレコード

CDや書籍でかなり手狭な私の部屋。いくら整理・処分しても、いつの間にかまた増殖しています。今回は、LPレコード200枚程度を処分することにしました。

現在、レコードを聴く装置が手元にないので、長い間聴いていないものばかり。CDで買い直したものも多いのですが、LPでしか入手できない音源も結構あります。箱詰めしていると、寄り道ばかりしてしまう...。

「Durutti Column のファースト、CDも持っているけど、LPのジャケットの方が格好いいなぁ。」
「Sonic Youth のこのLP、確か世界で5000枚限定なんだよな~。よく手に入ったなぁ。」
「Uncle Meat のLP高かったよな~。あの頃はリイシュー盤も払底していて探し回ったっけ。」云々。

LPは中学生~高校生の頃に購入したものが多く、しつこく聴き倒したものばかりなので、一枚一枚思い入れがあって全然進まない...。途中からは機械的に段ボール箱に詰めることにしました。ちょっと未練もありますが、出会いあれば別れあり。仕方がありません。

CDの方は、LPとは比べものにならない数になっていますが、まだ収納の余裕はありそうです。CDという媒体があと幾年続くのかは分かりませんが、せめて再生だけは将来も容易にできるようにしておいて欲しいものです。

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語呂合わせのススメ

語呂合わせで暗記する。ちょっと子供じみているように思われるかもしれませんが、侮れない方法です。覚えられるなら何でも使うべし。

歴史の年代などは著名な語呂合わせが多いので、それを利用すればよいのですが、それ以外はなかなか良いフレーズがありません。そんなわけで、塾でも色々な語呂合わせをひねり出しています。(ちょっと恥ずかしすぎて、ここでは書けませんが...。)

語呂合わせを考え出す際、覚えるべき素材をああでもないこうでもないとひねくり回すので、結局は語呂合わせを作った本人が一番覚えているということになります。語呂合わせが出来れば、その時点でほとんど覚えきっている、と言ってもいいでしょう。

語呂合わせは「教わる」だけではなく「自分でひねり出す」気持ちでいて欲しいものです。

<追記>
数ある語呂合わせの中には、舌を巻くほど上手く出来たものがあります。「710年平城京遷都」を「何と見事な平城京」と覚えるのはご存知の方も多いと思いますが、「何と」には「710」だけではなく「南都(=奈良の雅称)」の意味も込められています。お見事!

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漢字の覚え方「壽」


カテゴリーに関する記事を書いていて思い出しました。

「カテゴリー」を日本語にすると「範疇」。
この「」という漢字、正確に書ける人は結構少ないのではないかと思います。問題は漢字の右側の部分です。「寿」という字の旧字体ですが、線が多くて混乱しますよね。

しかし、いい方法をお教えしましょう。

さむらい笛1インチ」 これだけです。

 さむらい→士
 笛→フ エ
 1→一
 インチ→吋

上から順番に書いてみて下さい。
ね、ちゃんと書けたでしょう?

吋(インチ)という漢字が難しければ、「さむらい笛1ロスン」でも構いませんが、やっぱり上記の方が絵が浮かんで良いですよね。吋(インチ)という漢字もこれを機会に覚えましょう。

この語呂合わせ、私が考案したものではなく、本を読んで知ったものなのですが、非常に良くできていると思います。考えた人に大感謝。(本来、書名も挙げるべきでしょうが、今となってはどこで読んだかが分かりません。すみません。)

これで「(ことぶき)」「躊躇(ちゅうちょ)」「波濤(はとう)」あたりも書けるようになるかと思います。

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ブログ記事のカテゴリー

30件強の記事を書いてみて気づいたこと。
意外にカテゴリー分けが難しい...。

カテゴリーをあまり細分化すると、逆に分かりにくくなりそうなので、思い切って簡素化してみました。しばらくは下記3カテゴリーで運営してみます。

雑記
 塾内外のあれこれに関する記事。

勉強&受験
 勉強一般・受験関連の記事。
 中学受験・高校受験・大学受験についても。

国語&受験国語
 勉強の中でも特に国語に関連する記事。
 中学入試国語・高校入試国語・大学入試国語についても。

ブログ内サーチも左側に付けてありますので、ご活用下さい。

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ウエハースと岩おこし


ウエハースっておいしいですよね。サクサク食べられますし。昨日も幼い息子と食べました。

岩おこしはいかがですか? かなり固いですよね。大阪名物と言われますが、最近はあまり見かけない気がします。子供にはあまり人気がないかも。

でも、岩おこしにも良さがありますよね。大きな岩おこしをガリガリ食べるとちょっと達成感(笑)。

ウエハースのような柔らかいお菓子に慣れてしまうと、岩おこしを食べるのがひどく億劫になるかもしれない。やはりウエハースだけではなく、時には岩おこしも食べたいものです。

...よく分からない喩えを出してしまいました。

私が言いたいのは、たまには堅い内容の書籍も読もう、という話です。簡単な書を読むのも楽しいものですが、時には難解な書籍にじっくり向かい合ってみるのもよいものです。さすがに小中学生に強要しようとは思いませんが、高校生ぐらいなら思い切り背伸びして難しめの本に挑戦して欲しいと思います。

どのレベルが適しているかは、人それぞれですが、「背伸び」する感じが大切です。背伸びしながら読んでいると、次第に文章を「噛み砕く」力が付いてきます。ウエハースのような本だけでは、こうした力は付きません。

高校生が大学専門レベルのテキストを読んだり、難解な現代思想の書に親しんだり...。こうした時期の知的な見栄張りというのは、見ていて微笑ましいですし、決して悪いものではないと考えます。

毎日「岩おこし」ではウンザリでしょうが、時には「岩おこし」もいかがでしょうか?

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jukublog.com

ゴチャゴチャしたURL(インターネット上のアドレスのことです)が苦手なので、公式サイトなどは、出来るだけスッキリしたURLにしています。

しかし、ブログの方は自分でURLを決定できないので、なかなかそうもいかないなぁ、と思っていたんですが、よく考えてみるといい方法がありました!

早速 http://jukublog.com なるURLを取得して実験。上手くいきました。といっても、単純に転送するだけなので、ご覧になっているブラウザの表示窓には、本来のURLが表示されているかと思いますが。

昔はドメインを取得すると、年間数千円はかかったと思うんですが、今や年間数百円。ありがたいことです。

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自然災害に思うこと

ミャンマーに大規模サイクロン、中国四川省に大地震。本当は報道もしっかり読まないといけないんでしょうが、どうも読む気が起こりません。見出しだけを見て済ませてしまう。

「死者○○万人」と報道されますが、亡くなった一人一人に暮らしや人生や未来があって、そして、亡くなった人を頼りにしていた人がいて...と想像すると、何か気が遠くなります。

子を失った親の悲嘆、親を失った子の悲痛。どこまでも拡がってゆく莫大な悲しみは、経済的な損失とは違って数字になりませんが、その大きさを思うとき、圧倒されてしまいます。

自然に人間が翻弄されるという点では、鴨長明が方丈記を著した頃と何も変わっていません。阪神大震災の時もそうでしたが、自然災害は、人間のはかなさを痛烈に感じさせる出来事です。

この記事、何か結論があるわけではありません。

いずれ、阪神大震災の思い出についても書いてみたいと思います。

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塾オリジナルの教材 Part2

Part1の続きです。

しかし、「塾独自で作成した冊子になっている教材がもっとも優れている」という誤解・幻想があります。この「オリジナル幻想」、意外なほど広まっているような気がします。

私、大学に入学した18歳の時に、知り合いの紹介で、とある塾のアルバイト講師をしたんですが、ここの経営者さんが「オリジナル幻想」を持っている方でした。

自らは指導できない方だったので、経営的観点からか、やたらに「市販の教材で教えないでくれ」「オリジナルなテキストを作れ!」とおっしゃる。仕方がないので、苦労しながら自作レジュメを作っていました。

しかし、どう考えても、18歳のヒヨッコの作った教材より、既製品の方が出来は圧倒的に良いはずです。しかも、科目は大学受験で必要のなかった科目、高校物理。今でも、生徒には少し申し訳ない気分が残っています。

ここからが本題ですが、世の中にそういう「オリジナル幻想」がある以上、対応するのが資本主義社会。

この業界には「巻き替え」という手法があります。教材の内容は教材会社に作成させ(というか塾用販売教材をそのまま流用させ)、表紙だけ「○○進学塾作成」とか「○○学園教務部著」などと印刷してもらう。つまり、市販テキストの表紙を「巻き替えて」もらうわけです。こうして「オリジナル教材」一丁上がり。

ちょっとこすっからい話ですが、「オリジナル教材費」として教材実費より高く請求しようというハラのある塾には、うってつけの手段です。

実際、当塾も「巻き替えしますよ」という営業を受けることがありますが、そんな卑怯な手段を使わずとも、正直に言えばいいだけなのに、と私なんかは思います。いかがでしょうか。

優れたレストランに求められるのは、「おいしい料理」と「それに必要な素材の吟味」。野菜や米をそのレストランが栽培していないからといって、気にする人はあまりいないように思いますが...。

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塾オリジナルの教材 Part1

今日はちょっと塾業界の裏話です。

宮田塾では、授業で使用する教材がオリジナル(塾独自が作成したもの)かどうか、ということは特に問題でないと考えています。授業で内容を伝達し、しっかりと習得してもらうことが大切なのであって、その媒体が何であるか、ということは二次的なことですから。

書店売りの教材・塾専用教材、いずれにせよ「画期的」と呼べるものはほとんどありません。正直、大半の教材が入試問題・教科書・類書をコピー&ペーストしただけのものです。しかし、それでよいのです。学問に王道なし、「画期的」なものは、入試合格または成績向上にむしろ害悪になりかねません。

したがって、塾で上記のような教材を独自に作成したところで、屋上屋を架すだけであり、あまり意味があるとは思えません。

となれば、生徒の学力を伸ばしやすく、授業で使いやすい教材を探すのがまず第一。実際、宮田塾で用いる教材を選定するために、莫大な数の教材に目を通しています。

第二に大切なのが補充。どんなに綿密に研究して選定したところで、教材には足りないところがありますから、結局は修正を加えなくてはなりません。教材には掲載されていないが教えるべき内容を書き込んだり(逆に不要部分を削除したり)、説明が薄い部分の補充プリントを独自に作成したり、ということになります。

一から全科目のオリジナルなテキストを作成するぐらいなら、指導自体に労力を割いた方が効果的だということですね。

Part2に続きます。

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ブログ雑感 2

本来、ブログの更新は週に1回程度がいいかな、と考えているんですが、記事が少ないのも寂しいので、最初のうちはマメに更新しています。

授業や雑用が全部終了した真夜中に文章をササッと書き、翌朝軽く文章をチェックしてアップロードという具合なので、ちょっと雑な記事の日もあるかと思いますが...。まぁブログなので、そのあたりはご容赦下さい。

調べてみると、GoogleやYahoo!から飛んできてくれる方も増えてきたようで、ちょっとビックリです。

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小学生の国語指導と国語辞典


国語辞典学習法 / 小学生の国語辞典」でも国語辞典について書きましたが、今回は指導する側から見た小学生用の国語辞典について。

実は、私のように教える側からしても、小学生用の国語辞典は利用価値が非常に高いものです。ボキャブラリーの貧弱な小学低学年に言葉を説明する際、どこまで・どのように説明すべきかを考える手ががりになるんですね。

例えば「教養」という語を引いてみましょう。

広辞苑第5版の抜粋
「単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる。」

チャレンジ小学国語辞典第4版
(本当はすべての漢字に読みがなが振られています)
「はば広い学問・知識や礼儀作法。また、それを身につけることによって生まれる、豊かな心。」

どちらが小学生の指導に役立つか、おわかり頂けるかと思います。

もちろん、実際に「『きょうよう』って何?」と聞かれた際は、その子供のレベルに応じて説明することになるので、そのまま辞書を棒読みするわけではありません。念のため。(やや語釈に問題があっても、語の大まかなイメージをつかんでもらった方がよい、というケースは実際の授業ではよくあることです。)

また、授業中に辞書を引く際は、生徒に見せつけるようにしています。分かっている語でも調べる、自分で調べる、という大切な点が少しでも伝われば、という気持ちです。まぁ、「演出道具」とでも言いますか(笑)。

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国語辞典学習法 / 小学生の国語辞典


教育関連の流行って、意外に馬鹿らしいものが多いんですが、立場上、採用するか否かは別として、どのようなものかチェックはしています。

最近のブームは、小学生低学年向きの「国語辞典をひく学習法」ではないでしょうか。

小学生向けの辞書が急伸 火付け役は「学習法」」(asahi.com)から学習法を少し具体的に引用します。

「(1)ことばに関する興味が最初のピークを迎えている小学1年生から辞書を引かせる(2)調べた言葉に付箋(ふせん)をつけさせて、付箋紙が500枚、1000枚を超えた子にはミニ賞状を出してほめて競争心を刺激する」

この学習法に関しては、私も賛同します。自分自身が辞書マニアで、小さい頃から辞書好きだったということもありますが...。

ちょっと考えてみるだけでも、メリットは色々見つかります。

●語彙や言葉に対する興味が養われる
●小学1年生に辞書を持たせて誇らしい気持ちにさせることができる
●教わるだけではなく、自分で調べ考えることが大切だということを教えられる
●分からないことはすぐに調べて解決しようという姿勢を養う
●情報検索能力が高まる

残念ながら、塾の授業で国語辞典をひいてもらう時間は取れないので、自宅での学習にご利用いただくということになりますが、かなりオススメです。(もちろん、塾生でない方にもオススメです。)

では、どの辞書を選択すればよいのか。

正直に言って、店頭で子供本人にとって使いやすいものを選ばせればよいと思います。大人の辞典のように、細かい語釈・語源などを気にする必要はありませんし、何より子供自身が楽しんで使えることが重要ですから。

ちなみに、塾で利用している小学生用国語辞典は、ベネッセの「チャレンジ小学国語辞典」です。同音異義語の使い分けやコラムが充実していて、良い辞書だと思います。

※関連記事として「小学生の国語指導と国語辞典」も書いてみました。

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文房具オタク(FRIXION編)

文房具をよく使う生活をしていることもあって、私、かなりの文房具オタクです。大型の文具店なんかにいくと時間を忘れそうになります。副代表は文房具に何のこだわりもないようで、使えれば良いというタイプ。

(ちなみに「こだわる」という語は、本来「どうでもよいつまらぬことに執着する」という意味であり、良い意味では使わない語です、はい。)

塾で採点に使うペンも、綿密な調査の上(笑)、ゼブラのサラサを大量に購入してあります。

で、最近最も優れていると思った製品をご紹介。

パイロットの「FRIXION(フリクション)」なんですが、ゲルインクボールペンでありながら、消すことができるんです。

確かに、今までも消えるボールペンという商品はいくつもありましたが(そのほとんどを購入しています)、消し跡が汚くなったり、完全には消えなかったりするので、いつしか使わなくなるものばかりでした。

しかし、この製品は根本的な発想が全く異なっています。摩擦熱で透明化するインクを使うという製品なんですね。ペンの後ろについて付いているゴムで紙をこすって摩擦熱を発生させると字が消えるという寸法です。したがって、消しゴムも不要ですし、消しカスも出ない。それでいて、完全に字は消えています。

もう少しデザインがよければなぁ、と思わないこともないですが、お気に入りの製品です。確か昨年のヒット商品ランキングの上位に挙げられていたかと思います。

パイロットから何かを貰っているわけではないですが、別の製品が故障したときのアフターサービスが大変良かったので、書いてみる気になりました。

なお、本当の英単語のスペルは "friction"(摩擦) ですので、受験生は間違いなきよう。



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虫が嫌いな子供達

5月も下旬になり、結構暑くなってきました。暑くなってくると、小さな虫が教室に迷い込んでくることもしばしば。時には蚊が、時には蠅が。

そんなに大したことではないと思うんですが、生徒によっては虫に非常な恐怖感・嫌悪感を抱いていることがあります。

ぎゃぁぁぁ~~~~~!助けてぇ~!せんせ~~~~~!」という必死の大声に呼ばれて見てみると、小さい小さい蜘蛛が机の上に。本人にとっては大変な恐怖でしょうから、本当は笑ってはいけないのでしょうが、さすがにこれは笑ってしまいます。

小さい蜘蛛を手で捕まえ、ひょいっと外に投げ捨てたりすると、ちょっとしたヒーロー扱いです(笑)。虫に対するこうした反応、やはり都会の子供だなぁと感じるところです。

そんなわけで、例年5月以降は、虫除け剤が教室に設置されるのでありました。

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教養小説と漫画 Part2


Part1の続きです。

教養小説(Bildungsroman)と言われると構えてしまいますが、実はこのジャンル、日本では「漫画」というスタイルで結構読まれているのではないかと思います。例えば「ドラゴンボール」が人気を博し続けているのは、主人公悟空たちの努力・成長が描かれているからではないかと。(少年漫画は多かれ少なかれ、こういう側面を持っている気がします。)

漫画に関して言うと、私が素晴らしいと思うものは、いずれもBildungs漫画(勝手に命名しています)の類です。

現在も進行中のもので言えば、

Dr.コトー診療所 / 山田貴敏
青年医師が医の倫理や現実と葛藤しながら成長してゆく話。
(TVドラマでご存知の方も多いと思います。)

バガボンド / 井上雄彦(吉川英治原作)
剣聖とまで呼ばれた宮本武蔵の修行時代。
佐々木小次郎のエピソードも少年時代から描かれています。

ピアノの森 / 一色まこと
厳しい生活環境に生まれた少年がピアノを介してその天才を開花させてゆく物語。

上記いずれも、単行本が発売されると飛びつくようにして購入しています(笑)。現実であれ、虚構であれ、人間が成長するのを見るのは楽しいことです。

なお、後二者は、かなり過激な表現(殺戮シーンや性的な描写など)があり、子供向けではありません。塾のブログなので、一応念のため。

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教養小説と漫画 Part1


教養小説とは「主人公がさまざまな体験を経ながら自己形成を果たしていく過程を描いた小説」(明鏡国語辞典)です。

ドイツ語 Bildungsroman(ビルドゥングスロマン) の訳語なんですが、どうも現代人には意味のつかみにくい訳であるような気がします。初めてこの語を耳にした人は、

 教養を身に付けるのに役立つ小説
    ↓
 堅苦しい小説
    ↓
 つまらない小説

という風に誤解しそうです。

しかし本当は、上の辞書の説明を見てもらうと分かるように「登場人物が自己を形成してゆく物語」です。つまり、努力して修行を積んで困難に打ち勝ち、成長してゆくというストーリー。
(厳密にはちょっと違うかと思いますがご容赦下さい。ドイツ文学を研究した訳ではないので...。)

お預かりしている生徒は自己形成のまっただ中ですし、そもそも私自身もまだまだ発展途上の人間なので、この手の作品には強く惹かれます。

Part2に続きます。

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消耗品を切らすべからず

最近は塾の消耗品を購入するのも楽になりました。アスクルその他のネットショップで注文すれば、翌日到着。一定金額以上を購入すれば送料も不要ですし。何より無駄な時間が節約できるのが有り難いところ。

塾として(というより自営業として)消耗品を切らすというのは、かなり恥ずかしい話です。仕事に対する意識が低いと言われても仕方がない。「赤ペンがないので採点できません、コピートナーがなくなったのでコピーできません」という塾を想像してみて下さい。雑用係(塾長ともいいますが...)としては、あってはならないことだと考えています。

で、ここからが本題です。(毎度前振りが長い!)
上の話は、学生にとっても同じではないかと思うんですね。

授業中にノートがなくなる、シャープペンシルの芯を切らす、ボールペンのインクを使い切ってスペアがない...などなど。

せっかく集中しているときに、消耗品を切らして勉強を中断、などというのは馬鹿らしい話です。少なくとも、簡単に入手できるものを準備しておかないのは避けたい。

些細なことですが、成績を上げたい生徒(orご家庭)は、まずこういうところから気をつけてもらえればと思います。

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RSS配信中

宮田塾のブログはRSSを配信しています。より正確には、お借りしているFC2ブログが配信してくれているわけですが。最近のブログはほとんどがRSS配信しているようなので、RSSリーダーやRSS対応ブラウザをお使いの方は、そちらも便利かと思います。
(RSSについてはIT用語辞典をご覧下さい。)

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忘れ物と置き勉

近時の子供は忘れ物が多くなっている気がします。塾でも、忘れ物があれば注意していますが、なかなか直らない場合は、説教&ご家庭へ連絡、ということになります。

忘れ物を注意するのは、かなりの確率で成績との関連性が見られるからです。つまり、忘れ物が多い生徒は、成績が向上しにくいという関係があります。

宮田塾では、小学高学年の理科・社会については、中学受験しない生徒についてもできるだけ受験生と同レベルになってもらうよう、ヴォリュームを多めにしていますが、基本になるのは、やはり学校の教科書レベル。

そういう訳で、小学高学年については、学校の教科書(理科や社会)を塾にも持参してもらって、解説したり、問題集を解いてもらったりするわけです。

しかし、最近は学校の先生が「置き勉」を強制することが増えてきて、塾としては少し困っています。

置き勉」という言葉、ご存知かと思いますが、学校に教科書類を置いて帰ることをいいます。私が小学生の頃ですと、そんなことが見つかろうものなら、職員室呼び出し&先生にボコボコにされる、という風だったので、隔世の感があります。

生徒達の話を総合すると、やはり学校においても教科書を忘れる生徒が大変多く、教科書を学校に置いておかないと授業が成立しない、という事情があるようです。

かといって、現状追認してしまうのもどうか...。家に帰って復習すべし、というのが少なくとも学校の建前だと思うんですが、建前さえも崩れてきている感じがあります。

忘れ物は恥ずかしいことだ・悪いことだという規範が弱まってきたのだとしたら、ちょっと恐ろしい気がします。

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天才 井原西鶴 Part2


Part1からの続きです。

ちょっと百科辞典も見てみましょう。小学館『日本大百科全書』は、西鶴の代表的な作品をこう評しています。

(世間胸算用を評して)「作家西鶴が到達した人間観照の深さがあり、他の追随を許さない独自の世界が出現している。」

(西鶴置土産を評して)「転変きわまりない人世の諸相に限りない愛着を示し続けた西鶴は、人生の真実をはっきりと見据えたのであり、ここに後世の批評に堪えうる真価がある。」

正直、小中高の学生には不適切な内容も多い作家ですが(笑)、興味を持たれた大人の方は、一読してみて下さい。なお、現代語訳では西鶴の文体独特のスピード感・テンポが味わえません。解説付きの原文で是非。

ちなみに墓所は、塾からほど近い大阪市中央区上本町四丁目、誓願寺というところ。色々な有名文士が詣でたところでもあります。

以上、西鶴生誕366年を記念して書いてみた記事でした。
(うるう年ということで...。)

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天才 井原西鶴 Part1


(「芭蕉・近松・西鶴と大学入試」と関連した記事です。)

「西鶴?はいはい、大阪商人の鏡でっしゃろ。始末・倹約は美徳でんな。」
「サイカク?あぁ、あの好色話ばっかり書いた人でしょう?」

完全な間違いとは言いませんが、こうした認識が広まっているのは悲しいことだと思います。些末な部分がデフォルメされて伝わっている。

西鶴の概略は、「17世紀半ばに大坂の富裕な商家に生まれ、派手なパフォーマンスもしばしば行う俳諧師として活躍。家庭的な不幸もあったが、徐々に軸足を浮世草子(今で言う小説)に移し、多くの読者を得る。」といったところでしょう。

しかし、こうした教科書的な説明からは彼の魅力は伝わってきません。私の考える西鶴の魅力は次のようなところです。

主に「欲望」という観点から、人間をえぐるように鋭く観察する(リアリズムですね)。

・そうした観察・理解を、ある時はきらびやかな詞章で、ある時はストレートに知性的な文章で表現する。

真面目な顔をしながら、笑いを誘う場面や表現をそこらじゅうに仕掛ける。

こんなモダンな作家が17世紀の大坂にいたということを考えるだけでも、本当に楽しくなってきます。しかも、この作家を理解する知的な読者が大勢いた!これは、大坂が経済的に日本の中心をなす都市であったことと無関係ではないと思います。(ちなみに、「カネを介してモノを見ることは人間を知性的にする」という説が司馬遼太郎のエッセイにしばしば出てきます。)

長くなったのでPart2へ。

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芭蕉・近松・西鶴と大学入試


上方を中心として栄えた元禄文化の重要人物は三人います。俳諧松尾芭蕉浄瑠璃近松門左衛門浮世草子井原西鶴。この三人が元禄文化の屋台骨だと言っても過言ではありません。ここ大事だから、必ず覚えておきましょうね。それぞれの代表作は...云々。

と、いきなり文学史の授業から始めてしまいましたが、高校生に古典を教える際は、ある程度作品のバックグラウンドを認識してもらった方がよいので、文学史の簡単な説明は欠かせません。

日本文学史的に見て、特に実りが大きかったのは元禄期、というのが私の持論ですが、意外なことに、この三人の著作(の本質的な部分)は、大学入試(古典)にはあまり出てきません。

私が思うに、以下が原因なのでしょう。

芭蕉:「俳諧」の性質上、主観的な読解を許す余地が大きいため、試験問題を作成しにくい。

近松:「浄瑠璃」が一般庶民向けの娯楽作品であったことから、入試問題としてはストーリーの把握が容易すぎる。内容的にも男女のドロドロした情愛が多くて高校生には不適切と思われがち。

西鶴:文章が才気走りすぎていて、高校生レベルだと、文章の真意を汲むことが難しい。

じゃ、受験生としては、この辺あんまり勉強しなくていいのでは?と聞かれそうです。確かにあまり力を割くべき分野ではないでしょうね。実際、古文の問題集でも扱いが薄くなっています。

しかし、受験や指導を離れて気楽に読んでみると、大変面白い三人です。特に西鶴ほど面白い作家はいません。日本の誇る天才小説家だと私は思います。高校生時代には全く興味の湧かなかった西鶴ですが、二十歳を超えると良さが分かるようになりました。今では、愛しく感じられる作家・尊敬の対象になっています。

ちょっと話がそれてきたので、西鶴や近松の話は別項にて。

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昔話を知ってるかい?


最近の小学生達を見ていると、どうも昔話に関する知識が乏しいような気がします。マイナーな昔話ではなく、代表的なお話、例えば、浦島太郎・桃太郎といった昔話です。

「浦島太郎の話って知ってる?」

「知ってる!」

「どんな話か説明してみて。」

「(ちょっと自信なさそうに)え~っと、いじめられてた亀を助けて~、どっか遠いところに連れて行ってもらって~、鬼退治したと思う。」

「それ、浦島桃太郎や!」

...といった感じです。

もちろん、その場で正しい「あらすじ」は説明しますが、それでは単なる「知識」になってしまいます。

できればお子さんの小さい間に、ご家庭で本を読む・話して聞かせるなどして、気軽に楽しんでもらえればと思います。

(昔話のDVDを見せるのも悪くありませんが、やはり家の人の話には及ばないでしょう。「それからどうなったと思う?」「で、どうなったん?」といった合いの手(対話)が大切なのだろうと思います。)

幼い子供のストーリー把握能力の向上に役立つのはもちろんですが、大人にとっても意外な発見(ツッコミ所)があったりします。

桃太郎は鬼から奪った金銀財宝をどう分配したんだろう?とか、そもそも桃太郎は、結構好戦的なヤバイ奴なのでは?とか...。

どうでもよい話はさておき、文字や話だけでストーリーを追う能力は非常に大切です。幼い子供にとって、昔話はそうした能力の基礎を形作るものなのかもしれません。

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