宮田塾のブログ

分厚くなる中学教科書(中学教科書の改訂)

小学校の教科書は今春から厚くなっていますが、中学校で使われる教科書も、来春(2012年度)から随分厚くなります。

このブログでも何度か書いていますが、いわゆる「ゆとり教育」からの揺り戻しです。

教科書検定:中学教科書、25%厚く 「脱ゆとり」を反映--結果公表 - 毎日jp(毎日新聞)

文科省によると、各教科の平均ページ数(B5判換算)を合計すると、9教科の3年分で計5485ページ。04年度分や00年度分に比べ、1078~1438ページ増えた。中でも大幅に増えたのは理科(04年度比45%増)と数学(同33%増)で、00年度と比べるとそれぞれ78%、63%の大幅増となった。

 理科は「原子の周期表」や「イオン」、数学では「2次方程式の解の公式」など、高校に先送りされていた内容が復活した。理科には新たに「DNA」や「地球温暖化」も加わった。
(上記記事より引用)


小学教科書と同じく、理数系の重視が顕著ですね。理科に至っては2000年度に比べて、1.8倍です。

しかし、現時点でも消化不良を起こしている理数系科目。ここまで教科書内容を増やしたところで、あまり効果はないだろうというのが私の見方です。実際、学校の授業数や日数が増えるわけではなく、増えた内容の指導については、原則として各学校や教師の判断に委ねられるようです。あまり期待しない方が……。

大人の立場に置き換えてみると、「仕事時間と給料は同じだけど、仕事の量だけは2倍近くになるよ、頑張ってね!」ということです。素直にイエスと言える人は多くない(笑)。

増加する部分の多くの指導は、各学校や教師の判断に委ねられるわけですから、高校入試に出題されることはないでしょう。となれば、現状ですら不足気味の授業時間の中で指導する必要性は乏しいと判断されるはず。結局、あまり大きな変化は生じないのかもしれません。

塾としては、どのように対処すべきか考えねばならないところですが、教科書実物を見、各学校がどう指導するかを見てからでないと決めかねるところもあります。ま、我々の宿題といったところです。

文部科学省からすると、学校の教科書は無謬(間違いがない)であり、教科書を変えれば教育の根幹が大きく変化する、という建前なんでしょうが、私からすると、教科書を少し変えたぐらいで、一国の教育や学力が大きく変わるとは思えません。全員にフィットする教科書がない以上、クラスを徹底的に少人数化し、学力に応じた指導をする以外に道はない。この国にそんな予算があればいいんですけどね……。

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ノートを取るのが速い生徒

今まで見てきた生徒達を振り返って思うんですが、ノートを取るのが速い生徒は、ほぼ間違いなく「出来る」生徒です。

難関大学に現役で入っていくような生徒の場合、私が板書し終わって振り返るのと、彼・彼女らが書き写し終えるのがほぼ同時というイメージです。授業は著しくスムーズに進みます。

彼・彼女らの場合、私が黒板に書き始めた瞬間に、即座に書き写し始め、ほぼ同じスピードで書き取りながら、考えをトレースし、その内容を頭に焼き付けています。それが証拠に、次の授業日に答案を提出してもらってチェックしてみると、前回の授業内容・指導箇所がしっかり反映されています。

彼・彼女らとても、小学生1年生からそうだったとは考えにくいわけで、小さな頃からのトレーニングの賜物なのでしょう。

逆に、ノートを取るのが遅い生徒は、まだまだ勉強に身が入っていないと言わざるを得ません。私が結構長い文章を板書していても、一向に筆を動かさない生徒が時々います。もちろん、背中で書いていないムードを感じるので(そこは経験で分かる)、「早く書きなさいよ」と注意しながら、板書することになります。

で、振り返ってノートを見てみると、一字も書かれていなかったりします。私が板書している時間は休憩時間だと思い定めているのかもしれませんが、これではスムーズに授業が進みません。

しつこく筆写するように注意して、ようやく書き写してもらうんですが、この時点で、ノートを取るのが速い生徒に大きくひけを取っています。1回の授業でも大いに差が出ているので、1年で見ると莫大な差になっているでしょう。小学・中学・高校の12年間で見ると……考えたくない(笑)。

中学受験生にも時々、こちらがビックリするぐらい素早くノートを取れる子がいますが、まず間違いなく成績がよい。最初は理解という内実が伴わないでも構いませんから、教師が板書し始めたら速攻で筆写するという習慣を身に付けてもらいたいと思います。そうした姿勢はいずれ理解につながってゆくはず。

もう少し言わせてもらえば、即座に筆写できる能力というのは、大人になってからのデスクワークと大いに関係する事務処理能力だと思っています。

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吉野寿(イースタンユース)『ナニクソ節』

私の敬愛するミュージシャン、吉野寿(bedside yoshino)ソロ名義の新曲『ナニクソ節』が3月19日、YouTubeで公開されました。大震災の前から制作されていた歌だと思いますが、被災した地方のことを思うと胸が熱くなります。(追記:震災後に作られた歌のようです、すみません。)

好みの分かれるミュージシャンだと思いますが、あえてご紹介。もし気に入られたら、あとの記事もご覧下さい。



イースタンユース(eastern youth)というバンドがあります。「東京らしい音」を挙げろと言われれば、私の場合、真っ先にに思いつくバンドなんですが、WikiPediaを見てみると、パンク・ロック/ハードコア・パンク/エモーショナル・ハードコアに分類されています。ま、ジャンルはどうでも構いません。激情的な轟音ロックだと考えて頂ければ間違いないかと思います。

私にとっては、種田山頭火(自由律俳句を詠んだ俳人)がエレキギターを轟音でかき鳴らして絶叫しているイメージのバンドでもあります。尾崎放哉?ちょっとイメージが違う。やっぱり山頭火。

話は少しそれますが、私は3ピースバンドが大好きです。3人が最大限の力を発揮して起こす化学反応。誰か一人抜けても成立し得ないシンプルなバランス。国内だと、ブランキージェットシティ、ゆらゆら帝国、フィッシュマンズなんかが思い浮かびます。最近では、ザ50回転ズなんかがいいですね。そして、このイースタンユースも3ピースバンドです。

吉野寿は、イースタンユースのギター&ボイス(ヴォーカル)担当。堅い文語的表現を激情ボイスに乗せる独特の歌唱を、私が初めて聴いたのは、『孤立無援の花』(1997年)というメジャー契約直前のアルバムでした。

その頃から今に至るまで、彼に、上手く歌おう・格好良く歌おうなんて気持ちはないでしょう。さらさらない(笑)。しかし、伝えたいメッセージを全力で叫び歌うという姿勢が、私の胸を打ちます。

少し前、心筋梗塞で緊急手術を受けられたそうなんですが、それが、曲作りに反映して、さらに凄みを増している気すらします。詩的な表現をするならば、彼の魂の風は高い場所を吹いている。その点において、若い頃のボブ・ディランに似た手触りを感じます。

風貌もロッカー然とはしておらず(失礼)、理学部の大学院生?助手?と思わせるような感じなんですが、それがまた良い。私としては、是非一度ライブを見てみたいんですが、未だその機会に恵まれていません。身体を大切にして、長く活動していただきたい人であります。

英訳詩があった方がイメージがわきやすいように思いますので、そちらでいくつかの曲をご紹介しておきましょう。

Eastern Youth - 沸点36℃ (Boiling Point 36 Degrees Celsius) w/ English Subs


「人はみないつかこの世を去る。それならば、体温36度を沸点と思い定めて、沸騰するがごとく生きろ。」そういうメッセージなのだと思います。息子とよく聴く曲。

Eastern Youth - 踵鳴る (Footfalls) w/ English Subs


静と動のコントラスト。

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日本社会と同調圧力

2011.03.24付の毎日新聞で下記の記事を読みました。

東日本大震災:東京脱出のイタリア人記者、日本人は政府を信じ過ぎ - 毎日jp(毎日新聞)

「日本の政府当局や東京電力、専門家は放射能汚染の危険を過小評価している」--。福島第1原発事故で、東京は危険とみて大阪を拠点に報道しているイタリア国営放送RAIの特派員アレッサンドロ・カッシエリさん(50)は毎日新聞の電話取材に「日本人はイタリア人と正反対で、政府情報を信用し過ぎる」と話した。
 東日本大震災発生直後に初来日したカッシエリさんは、イタリア外務省やRAI本社から「東京に危険が迫るかもしれない」と言われ16日に大阪に移った。イタリア有力紙の記者たちも大阪にいる。
(上記記事より引用)


そりゃ、イタリア人が政府を信じないのはよく分かります(いや、上記特派員、イタリア外務省の意見を受け入れているから政府を信じているのかも)。

でも、日本人も別に政府を信じていないんじゃないでしょうか。私自身がこれっぽっちも信じていないので、そう思うだけかもしれませんが……。

外国に行ってみたことのある人は分かると思いますが、日本社会は、「同調圧力」が非常に高い社会です。まわりと同調していないといけない・まわりと同調しないと怖いという気分が横溢する社会とでも言いましょうか。

塾で小学生を指導していると、「空気を読めよ」というフレーズをよく聞きます(生徒が他の生徒に言う)。これは、「教室内のムードに同調せよ」ということに他ならず、教える側としてある意味ありがたい発言ではあります。しかし、子ども達も「同調圧力」のもとに暮らしているのだと思うと、やや複雑な気分になってしまいます。

こうした社会は、慣性が高い社会とも表現できるでしょう。つまり、何か他からの大きな力を受けない限り、現在の状態が変わりにくい。良く言えば「安定している社会」、悪く言えば「危機に対応する能力の低い社会」ということになります。

関西(とくに大阪)は、比較的そういう気分から自由であるような気がするんですが、それでもやはり諸外国に比べれば、まだまだ圧力が強いムードはあります。

個人的な意見ですが、同調圧力に支配されるかされないで済むかは、結局、個々人の知性に負うところが大きいのだと思います。自分で情報を得て、自分でしつこく考えて結論を出し、他者に惑わされず自分で行動する、そして自分で責任を負う。塾に来ている生徒達には、そういう主体的・知性的な姿勢を持ってもらえればいいなと常々思っています。大げさかもしれませんが、勉強というのはその一つの獲得手段です。

今後の日本社会が安定化の方向に進むということは考えにくく、流動化・不安定化する可能性が高いでしょう。そういう世の中を生き抜くためにも、勉強に身を入れてもらえれば、と(自戒も込めて)思うのです。

と言っても、小学生にそんな小難しいことは話せません。

「みんなが正しいと言ったからといって正しいとは限れへんで。自分でよく考えて正しいと思ったら手を挙げて言うてみ。間違いは恥ずかしいことと違うで。間違いを笑う方があかんねん。」

ぐらいに止めております(笑)。

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問題「ただちに健康被害が出ることはありません」


ここ数日、「ただちに健康被害が出ることはありません」というフレーズを耳にします。

この表現から読み取れる情報を、受験国語対策として考えてみましょう。かなり基礎的な内容なので、中学受験レベルです。

<問題>
傍線部「ただちに健康被害が出ることはありません」という表現から、読み取ることのできる内容を選べ。

<選択肢>
1.ただちに健康被害が出ます。
2.放射線に被曝すると健康被害が出ます。
3.長期にわたれば健康被害が出ます。
4.長期にわたっても健康被害が出ることはありません。
5.即座に健康被害は出ません。


1.ただちに健康被害が出ます。

全く逆の内容になっています。もちろん間違いです。でも、実際の入試では、こういう選択肢が用意されていることがしばしばあります。少し難しい表現になっていると混乱してしまう人も。

2.放射線に被曝すると健康被害が出ます。

確かに関連はありそうですが、「ただちに健康被害が出ることはありません」という話題の前提になる部分です。本文全体を考えてよいのならば正解になる可能性はありますが、傍線部だけから読み取れという問題であれば、無関係なのでバツ。

3.長期にわたれば健康被害が出ます。
4.長期にわたっても健康被害が出ることはありません。


間違う人の多い選択肢です。傍線部は「直近」の話をしているだけで、「長期的」な話をしているわけではありません。つまり、「長期にわたって」の話は一切していません。本文中に書いていない・言及していない話題は、正解になり得ません。よってバツ。

5.即座に健康被害は出ません。

あまりにも簡単な言い換えですね。これが正解。でも、本当の入試問題だと結構あいまいな言い換えをしていたりするので、見えにくかったりします。

国語選択問題の解法として大切なこと、より根本的には、読解の基礎として大切なことは、「書かれていないことを勝手に読み取ってはいけない」ということです。

筆者・発話者の意図をよく考えること、つまり、何を話題にして何を話題にしていないかをよく考えることが、とても大切です。



政治家や官僚のスピーチには、ある事柄を話題にしているように見せつつ、実は話題にしていない(言及していない)ということがよくあります。もちろん、嘘をつかないという誠実な姿勢とも言えますが、悪く言えば保身のテクニックでもあります。

大人である以上、政府が正しいデータを公開しているかどうかも含めて、政府からのメッセージを「正確に」読み取れる力が必要だと考えます。

不安を煽るつもりは毛頭ありませんが、読解力が生死を分ける日が来るのかもしれません。そして、それは極めて不幸なことだと思います。

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物は言いよう

大震災による死者・行方不明者を合算した数は、このブログを書いている時点で2万人を超えています。現場では、報道できないような悲惨な風景が今なお広がっているのかと思うと、慄然とします。

多くの有名人が、慈善活動を行ったり、寄附金を送ったりしていますが、素直に素晴らしいことだと思います。「売名行為」だと非難する人もいるようですが、売名行為の何がいけないのか。それで人が救われるならば、売名行為バンザイです。少なくとも、私が被災者ならば、売名行為大歓迎ですね。

それはともかく、責任ある立場の人々から、無責任な言葉が漏れ聞こえてくるのは、(毎度のこととはいえ)残念な気持ちになります。

「地震は天罰だ」とのたまう某首長。「この地震、本当に起きてよかった」と言う某議会議長。

確かに、マスコミが言葉尻を捉えて報道している面もあるかもしれません。しかし、公的な場で公的な立場の人間が話す内容ではありません。いくら別の言葉を添えて別の文脈において理解させようとしても、被災者・犠牲者親族の心を深くえぐってしまう暴言でしょう。

「地震は日本人全体に降りかかった天からのメッセージだと捉えたい」「地震が起きたが、被災しなかった地方としては、これを大きな参考材料として住民の安全を守りたい」などと何故言ってくれないのか。

インパクトやウケを狙っているんでしょうか、それとも、ただ単に考えが浅いだけなんでしょうか?いずれにせよ、「売名行為」の方が、アクションを伴っているだけ、はるかにマシです。

言葉というものは、言いよう一つで大きく受け止められかたが違ってしまいます。責任ある立場の方々には、Twitterのように「つぶやく」暇があれば、真摯で骨太な言葉を住民に届けて欲しいと思っています。

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羽海野チカ『3月のライオン』マンガ大賞受賞

羽海野チカのコミック『3月のライオン』が、2011年度のマンガ大賞を受賞しました。マンガ大賞はまだまだ若い賞ですが、これに選ばれるマンガは、本当に素晴らしい作品です。旧年度の受賞作、『岳』も『テルマエ・ロマエ』も、マンガという表現方法がいかに優れているか、いかに日本文化にマッチしているかを存分に証明しています(どちらの作品も全巻読んでいます)。

さて、今年の羽海野チカ『3月のライオン』。私も副代表も、羽海野チカの大ファンでして、『3月のライオン』最新刊が出ると、即座に購入し、奪い合うようにして読んでいます。

ネット上でこの漫画を試し読みしたのが、そもそものきっかけ。グイッと引き込まれるものを感じた私は、その場でアマゾンに発注しました。

私が思うに、力のある作品は冒頭から違います。これは文学作品でもマンガでも同じ。例えば、源氏物語の冒頭部。ご存知の通り、「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」という文章です。「ほうほう、大した身分でもないこのお姉さんはどうなるのさ?」と、あっと言う間に物語世界に引き込まれますよね。

さて、この『3月のライオン』ですが、17歳のプロ棋士、桐山零が主人公です。複雑な家庭環境にある彼は、家を飛び出し、とてつもなく厳しい世界である(と素人にも思われる)将棋の世界で孤独に闘っています。しかし、ストーリーの主眼は将棋そのものではありません。描写の重点は、むしろ、彼を取り巻く棋士仲間や、下町に住む三姉妹との心のふれあいに置かれています。コミック裏表紙には、「様々な人間が、何かを取り戻していく優しい物語」と紹介されていますが、正にその通りです。
(なお、プロの先崎学氏が将棋監修なので、将棋の面でもしっかりした内容のはず。)

あまりに過酷な環境にある主人公が、何かを取り戻してゆく、そしてその過程で成長してゆく。私の好きなビルドゥングスマンガの一つだと考えてよいかもしれません。

が、羽海野チカのマンガは、それに止まりません。作品全体に詩情が満ち溢れています。私にとって「詩情に溢れる」というのは、最大の賛辞なんですが、このマンガにはその賛辞がぴったり当てはまります。

Wikipediaによると、『3月のライオン』というタイトルには次のような由来があるようです。

"March comes in like a lion"は、"March comes in like a lion and goes out like a lamb. "(『三月は獅子のようにやって来て、羊のように去っていく(3月は荒々しい気候とともに始まり、穏やかな気候で終わる)』)というイギリスのことわざの一部より取られている。


一読者としては、主人公桐山零の人生が、「穏やかな」ものになることを願わずにはいられないんですが、上記の由来を考える限り、そうなってくれそうな気がします。今後の展開が楽しみで仕方がありません。



実は、あまりに『3月のライオン』が良かったので、『ハチミツとクローバー』全10巻も一気に購入して読破したんですよね。私、こう見えても、小さな頃から少女漫画を結構読んでおります。

この『ハチクロ』も、『3月のライオン』に優るとも劣らない詩情を湛えた作品でして、私も副代表も大ファンであります。美術的才能ゼロの私のような人間ですら、「あぁ、俺も美大に行けばよかったかも」という馬鹿な感想を持つほど。大体、入学試験自体受かりようがないんですが……(笑)。

また気が向けば、『ハチクロ』の話も書きたいと思います。竹本君が電車の中ではぐちゃんのお弁当を食べるシーンは、思い出しただけでも胸が熱くなる、ってちょっとマニア過ぎますかね?

『3月のライオン』の試し読みはこちらでどうぞ。
白泉社コミックス試し読み

マンガ大賞の関連ページはこちら。
マンガ大賞:経過報告受賞記念原画とプライズ公開!

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リスクを過大評価すべし

先程読んだニュース記事。

asahi.com(朝日新聞社):西日本へ「疎開」を 〈伝えたい―阪神から〉 - 社会

内田樹氏は、権威に頼らぬ骨太な議論のできる論客の一人だと思います(今までも何度かこのブログでも取り上げたことがあります)。



正直に言いますが、学者さんの中には、いわゆる「御用学者」という人達がいらっしゃいます。政府に都合の良いときに、政府に都合の良い説を、まことしやかに流してくれる人達です。

学問の本質が、権力におもねることではなく、真理を追究することにある以上、彼らを「学者」と呼ぶこと自体、間違いなのかもしれません。

私は原子力関係に疎いので、誰が御用学者であって、誰が御用学者でないのかは分かりません。しかし、今までの経験上、こうした電力計画や原発といった国家的プロジェクトには、まず間違いなくそうした御用学者が関係していることが多い。

以前実際に日本であった話ですが、とある僻地にトンネルが建設されました。岩石崩落が懸念されていたものの、学者達が予測した崩落の数倍の強度があるトンネルゆえ、絶対に安全だということで強行されたトンネル建設です。そして数年後。案の定、岩石が大規模に崩落し、トンネルは崩壊しました。生き埋めになって亡くなった方も発生。

その時の岩石崩落の規模は、学者の予想していた規模の100倍以上あったと言います。数倍ならともかく、100倍オーバーですからね。無理やり塾になぞらえて言えば、「100点満点間違いなし」と予想していたところ、実際には「1点も取れなかった」という感じでしょうか。

当初の学者の予想は、予想というよりも単なる期待、まずトンネル建設ありきではじき出された数字ということを物語っていると思います。

そうしたことを念頭に置いて、内田氏の見解を引用してみましょう。

今回の東日本の地震で対応が難しいのは、まだ災害が終わっていないことだ。福島の原発が危機的な状態にある。気になるのは政府・東電の情報が遅く、被害を過小評価する解説が続いていることだ。首都圏から避難が必要ないと言い切る専門家もいる。だが、この後、大量の放射性物質が飛んできた場合、この人はどう責任をとるのだろう。

 危機的状況では、リスクを過小評価するよりは過大評価する方が生き延びる確率は高い。避難が無駄になっても責める人はいない。「何事もなくてよかったね」と喜べばいい。「安全だ」と信じ込まされて、いきなり「さあ逃げろ」と言われたらパニックになる。メディアの報道では「避難できる人は避難した方がいい」という専門家の発言が抑圧されているように感じる。

asahi.com(朝日新聞社)上記記事より引用


私も、こと生命に関する場合、リスクは過大評価した方が良いと思います。そして後日、「予測がはずれたなぁ、エヘヘ」と笑いたい。

レベルは全く異なりますが、今になって考えてみると、以前の新型インフルエンザ騒動は、私どもにとって危機的状況に対する一種のトレーニングになっていました。今後も、塾としてできる限りのことを考え、ご利用下さっている皆様に安全に授業を提供できるよう、備えを怠らないようにしたいと思います。

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終戦日前日の大阪大空襲に学ぶ

3月15日未明の時点で一番気になるのは、何と言っても、原子力発電所関連のニュースです。

各原子炉の状況がどうなっているのか。仮に最悪の場合を迎えるとすれば、放射線被曝はどの範囲にまで及ぶのか。東北は、関東は、関西はどのような状況になるのか。被曝した場合はどのような対策を取ればよいのか。

杞憂であって欲しいとは思いますが、各人が真剣に情報を収集し、考えねばならない時なのだろうと思います。



唐突ですが、歴史を学ぶ意義は、過去のモデルケースを研究することにより、現在のケースを深く考察することができるという点にあります。

ある事件が起きたとき、人々は何を知り、何を知らず、どのように考え、どのように行動し、どのような結果を得たのか。確かに、それを知ったからといって、全く同じ条件の事柄は起きないでしょう。しかし、「今ここにある事柄」にどう対処すべきかを考える際、基礎になる知識は、「過去のケース=歴史」しかありえません。

日本に限らず、国家的・究極的な危機が生じた際、政府が一般国民にすべての情報を開示するというケースは極めて稀です。もちろん情報を開示して欲しいんですが、現実はそんなに甘くはないというのが、過去のケースが教えるところです。



私の住まうこの玉造近辺には、第二次世界大戦終結時まで、大阪砲兵工廠がありました。今の大阪城公園にあたる場所です。米軍は、この東洋最大の軍需工場を終戦日前日(1945年8月14日)に爆撃し、一千人近くの命を奪いました(詳しい犠牲者数は不明)。

明日で戦争が終結する、明日まで生き延びれば爆撃で命を落とすことなんてない。よりによってその前日に、あたら命を落とした人々は、軍需工場で働いていた一般の市民です。

当時の記録を読んでみると分かりますが、工場の上役、軍や警察の上部は、あと数日で戦争が終結するという情報(少なくとも重大な局面にさしかかるという情報)を掴んでいたようで、彼らが犠牲者に名を連ねることはありませんでした。戦争終結の情報があれば、再軍備をもたらしかねない軍需工場が最後に爆撃されるということは、容易に想像できたでしょう。

上層部が情報を独占せず、数日だけでも工廠を臨時休業としておけば……。

終戦前日に落命した人達から、何かを学ばねばならない、今に活かさねばならない。そうでなければ、彼らは浮かばれない。私は被災者慰霊碑の側を通る度にそう思います。

今日はここまで。

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国難

大変な事が起きてしまいました。

マグニチュード9.0という超巨大地震が東日本を襲い、大型の津波や火災が発生、犠牲者の数は数千、場合によっては数万を超える勢いです。

地震が発生してからというもの、仕事の時間以外は報道にかじりついていますが、その甚大な被害には無力感・虚脱感を覚えます。

阪神淡路大震災の時には、大きな虚無感にとらわれながらも、まだ何か自分なりにできることがあったのが救いでした。が、今回は地理的な距離もあり、何も直接に貢献できないことが無力感を増幅させます。家族の間では、被災しなかったことに感謝しつつ、微力ではあっても、何かできるだけのことをしよう、そう話し合いました。

一人の犠牲者があれば、その後ろには莫大な悲しみがあるのだと思います。誰かが失われれば、その家族、近しい人達、友人、ありとあらゆる人に悲しみが降りかかります。いつ消えるともないその悲しみは、途方もない大きな波となって、人々の心を蹂躙し続けます。

今回の犠牲者の数を考えるとき、その悲しみの総量は、どこまで深くどこまで高くなるのか。耐え難いものを感じます。

そうした意味で、今回の大震災は「国難」と呼ぶにふさわしいものだと思います。犠牲者のご冥福を祈るとともに、願わくば、被災者の生活ができるだけすみやかに旧に復せんことを。遠い大阪の地より祈念します。

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大阪府立高校後期入試の競争倍率(2011年後期・確定版)

本日(2011.03.11)の朝刊に、大阪府立高校2011年後期入試の競争倍率が掲載されています。3月10日16時締切の確定倍率です。昨日同様、速報としてブログ記事にしておきましょう。

新聞記事をスキャンして全府立高校の志願者数を掲載するのも簡単なんですが、それでは「引用」の域を超えてしまいます。といって、全ての学校の倍率を入力する時間もないので、特に注目される高校、および、一般的なデータのみを取り上げることとします。

全日制普通科の平均競争率は1.05倍。昨年度は1.14倍でしたので、大阪府公立高校の門は、広くなったと言えます。

なお、学力検査は3月16日、合格発表は3月24日。前後期入試で定員に満たない高校の二次出願は3月25日となっています。後期入試実施校で二次募集を行うことが確定している高校(定員割れしている高校)は41校あります。

次に高倍率になっている高校を倍率順に見てみましょう。

 豊中高校  1.78倍
 高津高校  1.73倍
 茨木高校  1.72倍
 四條畷高校 1.69倍
 春日丘高校 1.51倍
 岸和田高校 1.44倍
 北野高校  1.43倍
 三国丘高校 1.39倍
 生野高校  1.39倍

いずれの高校も、旧9学区制で言えば1番手校・2番手校ということになります。春日丘高校を除きすべての高校が文理学科併設校。このレベルの高校の門は、決して広くなってはいません。

来年度、これらの高校を受験しようと考えている中学生は、学力を伸ばすのは当然ですが、徹底的に内申を重視して欲しいと思います。確かに、上記の高校は、合格判定における内申書の比率が低めではありますが、このレベルの受験生にとって、公立高校の入学試験問題はそれほど難しいものではありません。入試当日の得点でさほど差が付かない以上、結局は内申書の得点で合否が決まってしまうということになります。新中学3年生(現在の中学2年生)は、肝に銘じられたし。

さて、文理学科を擁する10校の、後期試験(普通科)競争倍率を紹介しておきます。確定倍率です。男女比が重要なので、志願者数のあとに男女別の志願者数も示しておきます。倍率順に並べてあります。

学校名  募集人員 志願者数(男/女)   競争率
豊中   200   356(197/159)   1.78
高津   200   345(155/190)   1.73
茨木   160   275(134/141)   1.72
四條畷  200   338(160/178)   1.69
岸和田  200   288(168/120)   1.44
北野   160   229(128/101)   1.43
三国丘  160   222(120/102)   1.39
生野   200   277(142/135)   1.39
大手前  200   255(137/118)   1.28
天王寺  200   239(135/104)   1.20


学区制の改編後(9学区制→4学区制)、旧トップ高校の間でも、少しずつ偏差値の差が現れてきています。今回は、新学区内でややひけを取り始めたかと思われる高校の競争率が高い点が注目されます。具体的には、高津高校、茨木高校、四條畷高校です。文理学科前期試験の倍率順位とよく似た傾向を示している点も注目したいところです。

私事ながら、高津高校OBとしては、良質な生徒が母校に集まることを期待しています。自由な校風の好きな公立中学生は、是非。

最後になりましたが、受験生は身体に気を付けて頑張って下さい。健闘を祈ります。

<参考記事>
大阪府立高校文理学科の競争倍率(2011年前期入試)

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京大入試問題ネット投稿者の不合格

そろそろこの話も終わりに近づいてきました。京大入試問題をネットに投稿した予備校生の話です。

asahi.com(朝日新聞社):ネット投稿の予備校生、京大は不合格 大学側が示唆 - 社会

本日(2011.03.10)、京大の合格発表がありましたが、上記のニュースを読むと、当該学生は不合格だったようです。

京大の広報担当者は予備校生の合否について「合格者の解答の中にはネットに掲載された解答と酷似または類似したものはなかった」とだけ説明し、予備校生が不合格だったことを示唆した。


上記の大学によるコメントは、おそらく、「全受験生の答案を通常通り採点し、合格基準に達している者を一旦決定した後、再び合格基準に達している者の答案を精査した」ということを言いたいのであろうと思います。

つまり、カンニングの有無は考慮の外に置いて、とりあえず合格者を決定した後、カンニングがないかどうかを精査するという(極めて面倒な)方法を取った、ということを強調しているのでしょう。

個人的には、これは賢いやり方だと思います。当該予備校生が、そもそも合格のラインに達していない場合、純粋に不合格となるだけで、カンニングによる不合格処分というややこしい問題にタッチしなくてすみますからね。

それにしても、この予備校生、カンニングをしても不合格だったわけですから、少なくとも今年の段階では、全く実力不足だったと言わざるを得ません。厳しいようですが、不正をして合格しようとしている時点で(他大学入試で練習までしていたとの由)、他の受験生に大きく負けているのだと思います。

当塾としては、携帯電話の早打ちやネット掲示板の利用に熟達するより、真剣に勉強することを、強く強くお薦めします。

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大阪府立高校後期入試の競争倍率(2011年後期・途中経過)

本日(2011.03.10)の朝刊に、大阪府立高校2011年後期入試の競争倍率が掲載されています。掲載されているのは、3月9日16時現在の状況。願書の受付は本日10日までですから、まだ確定倍率ではありません。現時点で分析記事は一切出ていないと思われるので、速報としてブログ記事にしておきましょう。

現時点で注目されるのは、志願者数が募集人員を下回っている学校の多さです。107校中66校で約6割。確定倍率は明日の発表待ちですが、競争率1倍未満の学校が例年より多くなる可能性は高いと思います。背景には、大阪府の進めている私立高校の無償化があるのかもしれません。この私立高校の無償化、詳しい制度はまだよく分かっていませんが、所得制限の枠はかなり緩そうなので、入試・受験に大きなインパクトを及ぼしそうな感はありますね。

現時点で高倍率になっている高校は以下の通り。旧9学区で言えば1番手校・2番手校ということになります。

 豊中高校 1.71倍
 高津高校 1.61倍
 茨木高校 1.49倍
 春日丘高校 1.46倍

今年は、旧トップ高校を中心とした10校に文理学科が新設されましたが、各校の競争率は下記記事に書いた通りでした。(現時点で)高倍率になっている高校は、文理学科前期試験の高倍率高校とよく似た傾向を示していることが注目されます。

<参考記事>
大阪府立高校文理学科の競争倍率(2011年前期入試)

文理学科を擁する10校の、現時点での後期試験(普通科)競争倍率も紹介しておきましょう。まだ確定倍率ではありませんので、ご注意を。

学校名 募集人員 志願者数 競争率
北野   160   218   1.36
豊中   200   342   1.71
茨木   160   239   1.49
大手前  200   205   1.03
四條畷  200   284   1.42
高津   200   322   1.61
天王寺  200   221   1.11
生野   200   260   1.30
三国丘  160   218   1.36
岸和田  200   278   1.39


倍率順に並べ換えると、下記の通り。

学校名 募集人員 志願者数 競争率
豊中   200   342   1.71
高津   200   322   1.61
茨木   160   239   1.49
四條畷  200   284   1.42
岸和田  200   278   1.39
北野   160   218   1.36
三国丘  160   218   1.36
生野   200   260   1.30
天王寺  200   221   1.11
大手前  200   205   1.03


確定倍率が発表されましたら、また記事を書きます。

2011.03.11追記
確定倍率については下記記事をご覧下さい。
大阪府立高校後期入試の競争倍率(2011年後期・確定版)

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言い得て妙

米国のメア前駐沖縄総領事の失言が話題になっています。何でも、「沖縄はごまかしとゆすりの名人で怠惰だ」とのたまったとか。私は沖縄県民でも米国人でもありませんので、特に論評すべき立場にはありませんが、思い出すことが一つ。

随分前の話になりますが、とある政治家が、公式の場で大阪を評して「痰壺のような町」と発言したことがあります。もちろん大問題になりました。(ちなみに、この政治家、その後首相になったんですが、面白いほど頭の中身をすぐに言葉にしてしまう人で、「失言総理」の名をほしいままにしていました。)

「痰壺のような町」と評された大阪人、もちろん面白くないわけで、在阪文化人がマスコミに色々なコメントを寄せました。曰く、「大阪の文化を何と心得る」「大阪に謝罪せよ」「けしからん」などなど。

まぁ、もっともな意見ではありますが、論争としてはあまり面白くない。

しかし、たった一人きらめくコメントを残した人を私は忘れていません。中島らも氏です。彼が某雑誌に掲載していたエッセイにはこう書かれていました。

「言い得て妙!」

もちろん、らも氏のエッセイはそこで終わりません。手元に記事がないので、不正確ではありますが、概要こういう感じの論旨でした。

まさに大阪は痰壺のような小汚い町であり、大臣の評価は極めて的確だ。しかし、石川県出身で東京に住んでいる人間に言われる筋合いはない。「ウチの嫁はん、ブッサイクやねん」と言うのは何の問題もないが、「オマエの嫁はん、ブッサイクやな」と言うと大きな問題になるのと同じである。

らも氏らしい最高の切り返し方だと思います。

個人的には、今回の沖縄問題も、沖縄県民からの気の利いたコメントを期待しています。沖縄はそれだけの文化を持っている風土だと思うのです。

余談ですが、中島らも氏は、生前玉造にお住まいでして、時々町でお見かけしました。飄々としていて、まさにあの文体そのものの風貌。亡くなって随分経ちますが、未だに惜しい人を亡くしたと思うのです。

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珍答集再び

何となく堅い話題が続いてしまいました。久々に、授業でウケてしまった珍答をご紹介しましょう。

対義語を答える問題。

不幸←→(  )福


生徒の解答「赤福

確かに、私も甘い物が好きなので、「赤福」を食べると幸せな気分にはなりますが……。正解は「幸福」です。



小学五年生の社会。中小企業と大企業の違いや、労働法の基礎の基礎を学ぶ単元があります。

私(問題に入る前の導入)

「仕事の上で、男女差別があってはならないんだけど、昔はすごく差別がありました。例えば、女性にも可能な仕事なのに、『男しかこの仕事をやってはいけない』というような決まりやムードがあったりとかね。

今はそういうこともなくなってきて、昔は『男性の職場』だと思われていたところに、女性が進出しています。

じゃあ、そういう仕事の例を挙げられる人はいるかな?みんなも生活の中で見かけたり、テレビで見たりしたことがあると思うよ。」
(こちらとしては、パイロットや電車の運転士、トラックの運転手などを想定。)

生徒(元気よく手を挙げて)

夜のお仕事!

プッと吹きそうになりましたが、真剣に答えてくれているので、笑うのも申し訳ない。ガマンガマン。

「う~ん、夜勤、つまり、夜の時間までお仕事する女性もめずらしくなくなったということだね。まぁ、間違いではないんだけど、誤解を招く表現なので、もうちょっと具体的な答にしましょう。例えば、電車の運転士とか。」



あと、慣用句なんかは、珍答のオンパレードです。もちろん、最初は知らなくて当たり前。大人になって恥をかく前に、間違いまくって恥をかいておいた方がいいと思います。

(  )が合う
相手と気持ちがしっくり合うこと


生徒の解答「すずめが合う」
確かに、すずめが仲睦まじく遊んでいる風景が思い浮かんでいいですね。小林一茶風のセンスが光ります……って、俳句じゃないのでバツです。正解は(書くまでもありませんが)「うまが合う」。

(  )をかぶる
自分の本性を隠しておとなしそうに振る舞うこと


生徒の解答「くまをかぶる」
何だか「マタギ」っぽくていいですね。熊の毛皮をかぶって、熊になりきる、そして気づかれぬよう熊に近づき、バキューン!……って、違うわっ!正解は「ねこをかぶる」です。

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漢検協会の理事長解任

日本漢字能力検定協会が池坊保子理事長を任期途中で解任したというニュースを読みました。新理事長に高坂節三氏。前理事長にとっては不本意な解任らしく、法的手段をも辞さないとのこと。

しかし、この協会、いつも揉めているイメージが……(笑)。いや、笑ってはいけないのかもしれませんが、仮にも公益性の高い財団法人ですからね。もう少し漢字学などに造詣の深い人、そして、掛け持ちではなく専従で働いてくれる人を理事長に据えた方がいいと思うんですが。

今回の高坂節三氏も、どちからかというと実業畑の方です。伊藤忠商事出身、元経済同友会幹事。お父様は哲学者の高坂正顕氏、お兄様は高坂正堯氏(ちなみに、高坂正堯先生は著名な政治学者。大学では国際政治学を講じていらっしゃいまして、私も学生時代受講しておりました)。

理事長の任期途中解任、漢字検定自体には何ら影響ないでしょうが、協会のイメージ悪化は避けられない気がします。

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京大入試問題流出事件その後

京大の入試問題流出事件、随分と大きな事件になってしまいましたね。2月27日の朝一でニュースを読んで、すぐブログ記事(京大入試問題流出事件)を書いたんですが、原則として、そのときに考えたことが間違っているとは思いません。つまり、今回の不正者は教育機関の中だけはなく、司法の場でちょっと頭を冷やしてもらうのが妥当だと考えます。

もちろん、不正者を起訴すべきだとまで言うつもりはありません(社会的制裁は十分に受けているので、不起訴になる可能性が高いと思われる)。大学の中で収めておくべき問題ではないということです。

事件発生後約1週間が経過しましたが、ニュースやネット世論を見ていると、上記のようには思っていない人が意外に多いということに気づきます。ここでは「カンニング温情主義」とでも名付けておきましょう。

例えば、次のようなニュース。

【入試投稿事件】「騒いで未成年逮捕させた」「監督こそ問題」京大に年配者らから抗議殺到 - MSN産経ニュース

京都大や早稲田大学など4大学の入試問題が試験時間中にインターネットの質問サイト「ヤフー知恵袋」に投稿された事件で、偽計業務妨害容疑で京都府警が仙台市内の男子予備校生(19)を逮捕してから一夜明けた4日、京都大に抗議の電話が殺到した。
 京大によると、4日午前8時半ごろから一般からの電話に応じているが、「京大が騒いで未成年者を逮捕させた」「京大の監督態勢こそ問題があったのではないか」との抗議や苦情が、受け付け開始1時間ほどで約30件に及び、その後も鳴りやまないという。
 内容はすべてが京大の対応を非難したもので、年配者の方の声が多いという。
(上記MSN産経ニュースより引用)


確かに、監督者にも不備はあったのかもしれません。しかし、第一に責められるべきは、不正を働いた受験生ですよね。こういうクレーム電話を大学にかける人の発想がよくわからない。

「万引きは悪くない、万引きされる店が悪い。」

「放火犯は悪くない、燃えやすいものを置いた人が悪い。」

抗議電話をする人達は、こういう類の理論を笑うことが出来ないんじゃないでしょうか。いや、ひょっとしたら、本気で上記のように考えているのかもしれませんが……。少なくとも自分の子どもには、こうした考えのもとになる「カンニング温情主義」を持ってもらいたくはありません。



確かに、未成年をここまで追いつめて良いのか、という気持ちは分からないでもありません。しかし、未成年といっても19歳です。京大を受験する以上、「大学受験のルールに従わねばならない=ズルをしてはいけない=ズルが見付かれば大問題になる」ということを十分理解しているはず。

加えて、警察や裁判所の権限無くして、事実を究明することは難しかったでしょう(携帯電話通信記録の調査など)。場合によっては、韓国で実際に発生したように、金銭授受を伴う大規模な不正入試事件という可能性もあったわけです。別に大学の肩を持とうとは思いませんが、今回の大学側の措置は、何らおかしな所はないと思うのです。

もちろん、受験生を指導する立場からすると、不正合格者のせいで真面目にやっている受験生が不合格になりうるということが、最も腹立たしいことではあります。

大学側の対応に抗議してきたのは年配の方が多いというのも、何だか気になります。ただでさえ大変な現場の仕事を増やしてどうするんですか……。

なお、京大の松本総長は「更生していただきたい」とコメントしていらっしゃいましたが、これは、「もし本当に本学に入学したければ、もう一度正々堂々実力で入試に挑め、過去の過ちによって不合格にするものではない」という趣旨だと思います。こちらが正しい「温情」ではないでしょうか。

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京都大学入試国語(理系)についての情報


以下、京大入試対策上大きな意味を持っている情報だと思うので、ブログ記事にしておきます。

今年(2011年)の京大の入試は、受験生による問題流出(現時点ではそう報道されています)で大騒ぎになっています。そのせいというわけでもないんですが、私も関連報道ばかり読んでいて、肝心の京大入試問題は英語や文系国語しかチェックしていませんでした。私のとっている新聞に理系国語は掲載されていなかったのです。

現在のところ、大学受験生指導はしばらくお休みしているんですが、大学入試問題の調査をしておく必要があることには違いありません。まぁ、これも一種の仕事です。

で、先程、某予備校の発表している京大理系国語の問題を見ていたんですが、林達夫「文章について」から出題された第二問に、何となくデジャビュ(既視感)を覚えます。

この林達夫の文章、どこかで読んだことがある……。それも個人的な読書生活の中で読んだのではなく、「入試問題」として見たような気がする……。

センター試験であっただろうかと、電子化してある手元のデータを調べてみましたが、林達夫の文章が見あたらない。Googleで検索してみても、やはり林達夫の文章からセンター試験が出題されたことはなさそうです。

どこの大学だったっけ?ひょっとして?と思いながら、手持ちの電子データで京大の過去入試問題を調べてみると、ありました!

京都大学 昭和63年度(1988年度)A日程 国語 第一問。

ここに出題されている問題文は、本年度(平成23年・2011年)の京大入試理系国語第二問と全く同一の文章です。引用されている部分も寸分違わず一緒。これは入試対策上、極めて大きな意味を持っている情報だと思います。はっきりと断定はできませんが、ここ20年程度の京大入試(国語)のなかで、過去と全く同じ文章を用いた問題というのはなかったはず。

問題こそ、異なる部分に傍線が引かれていますが、林達夫のこの文章の趣旨を聞いているという点において、類似性は極めて高いと言えます。もし仮にこの過去問題を勉強していれば、大幅に(もっと言えば合否を左右するレベルで)有利になったであろうことは断言できます。

といって、去年、私が京大を受験する生徒を指導していたとしても、ここまで古い問題を使っては指導していなかったでしょう。全国レベルで見ても、この問題を研究していた受験生は皆無であろうと思います。

そういう意味で、不公平が生じているわけではありませんが、京大で入試問題(の出題文)が再利用されるというのは、少し驚きです。

来年度以降の京大国語の出題がどうなるかは私にも分かりません。が、受験勉強における「過去問の重要性」は、このブログで何度も述べているとおりです。「同一の問題が出るわけではないけれど、同様の問題を解けるようにする」という意味において、過去問は最も重要視すべき勉強の対象です。



余談になりますが、上記の昭和63年度(1988年)は、私が京大を受験した年度です。この頃はA日程・B日程という制度があり、一応2度の受験機会があったんですが、A日程に私が受験したいと思える大学はありませんでした(京都も東京も法学部はB日程だけだったはず)。行く気持ちのない大学を受験するぐらいなら、家で直前の追い込み勉強をしている方がいいや、ということで、家でA日程の問題を眺めていた覚えがあるんですね。同じ考えから私大も受験しなかったので、私の大学受験経験は実は1回こっきりということになります。

その割に、受験とは云々なんて偉そうに指導しております。仕事上のことはいえ、自分でもちょっと不可思議な気がしています……(笑)。

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iPad2感想

2011.03.03未明(日本時間)、新型のiPad2が発表されました。当ブログ、iPad関連キーワードで検索されることも多いようですので、少し思うところを書いておきます。

初代のiPadを購入したのが去年の夏頃。間違いなく家族全員が使うだろうと思っていましたが、その人気は想像以上で、家族内でしょっちゅう待ち時間が発生する状況になっていました。

「ちょっとウェブ検索したいんだけど。」

「パパ、早く代わって欲しいねんけど。」

「YouTubeを見たいんだけど、まだ使う?」

我が家の大人は全員Macを持っているんですが、iPadは瞬間的に起動する上に、寝転がりながら使えますので、必然的に奪い合いが生じるのでした。特に幼稚園児や還暦オーバーの家族にとっては、Macより遥かに使いやすい道具らしく、催促が厳しい(笑)。

というわけで、ほどなく2台目のiPadが導入され、今に至っています。塾の雑務をこなしたり、詳しく調べ物をしたり、一定以上の長さの文章を書くときは(このブログもそうです)、Macを使うことが多いんですが、こと書籍やニュースを読む分には、iPadに勝るデバイスはありません。

このあたりは詳しく書いたので、ご興味のある方は、最下部の関連記事をどうぞ。



今回のiPad2、電脳関連ニュースサイトでも、今年の2月~3月頃に発表されるという噂で持ちきりでしたので、家族一同、首を長くして待っていたんですが、噂通り米現地時間3月2日に正式発表されました。

塾を卒業した生徒さんにも、首を長くして待っていた人がいると思います(K君見ていますでしょうか?)。

製品概要や映像を見て思うのは、さすがアップルだということです。まぁ、私の場合俗に言う「Apple信者」ですので(笑)、そのあたりを差し引いて読んで頂いて結構ですが、他社が柳の下のどじょうを狙って出したタブレット製品とは、一線を画していると思います。

大手電化製品店で他社のタブレット(要するに板状のコンピュータです)に触れたことがありますが、ページ送りなどの挙動がどうも私の感覚に合わない。平たく言えば動きがぎこちないんです。リアル書籍と同じようにスイスイ動いてくれないと、長時間使う気になれません。

初代のiPadでも動きは滑らかでしたが、今回は新たなCPUに載せ替えられていて、さらにスムーズな動作が期待できそうです。日々使う道具はデザインも大切ですが、その点でも大満足です。他社製品は競合相手にすらなっていないという感があります。

現在のアップルは潤沢な資金を保有していますが、それが製品開発力と完全にリンクしています。20年前からアップル製品と付き合っている者からすると、この良循環がいつまでも続いてくれることを願わずにはおれません。

数年後には、こうしたタブレット型コンピュータが「一人一台」になることは間違いなく(携帯電話の例を考えるべし)、こうしてマイナーなブログを読んでいらっしゃるようなあなたは、早晩タブレットを手にされることと思います。間違いない(古い)。

何?タブレットでこのブログを読んでいる?これは失礼致しました。

技術的な部分は下記の動画・リンク先をどうぞ。

公式の紹介ビデオはこちら。今回は前回と違い最初から日本語訳が付いています。
http://www.apple.com/jp/ipad/#video

こちらは英語のみで済みませんが、extremely fast, no hesitation, really fast との評価ですね。



<関連記事>
iSlate iPad iPhone
塾と情報機器(iPad)
iPadと書籍・新聞
iPadと読書スタイル #1
iPadと読書スタイル #2 (書籍収納問題の解決)
iPadと読書スタイル #3 (書籍電子化のメリット・電子書籍)

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新学年のはじまり

完全少人数制宮田塾は本日3月1日が新学年の開始日です。

時間割が変わっていますので、生徒および保護者様はお気を付け下さい。教材も混乱しがちな時期ですが、間違いのないようにお持ち下さいね。

新学年の開始日は、いわば塾の正月のようなもの。塾生の成績向上を願い、教室を御神酒で清め、烏帽子を被り、柏手を打ち、幣を振りながら、祝詞をあげる……というのは冗談ですが(本当だったら怖い)、それなりに一つの区切りの日ではあります。

例年2月は繁忙期なんですが、今年は教科書の大規模改訂もあり、3月に入っても雑務を引きずっております。以前も書きましたが、生徒用のテキストが大幅に変更。それに伴い、私どもの使う教材や参考資料も大量に必要になります。100冊は超えませんが、それに近い冊数の書籍を購入しました。仕事道具なので最新のものにしておかねばなりません。早く古い書籍を廃棄して書架の整理をせねば。ああ、そう言えば、確定申告準備もまだ途中だ。

とは言いながら、新しい塾生を迎えたり、少なめの人数でゆったり授業をしていたりで、本体的な仕事の方は、なかなか充実の日々であります。

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