宮田塾のブログ

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天王寺区玉造本町5丁目の空き地

大きな土地の話を書いていて思い出したんですが、当塾の前に位置する空き地(天王寺区玉造本町5丁目)、なかなか買い手がつかないようで、だんだん雑草が目立つようになってきました。

この空き地の顚末については、何度かこのブログに書いているんですが、見ている方も多いようなので続報をば。

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朝日のあたる塾 (The Juku of the Rising Sun):国語塾・宮田塾のブログ

昨年2012年末に当塾前のマンションが取り壊され、空き地になったんですが、面積にしてほぼ100坪。このあたりの土地取引感覚からして分筆した方がいいなと見ていましたが、そのあたりは不動産業者も同じ考えだったようで、3つの土地に分筆した上で販売されています。一区画30坪強(100平米強)で6980万円也。全部で2億円を超える土地です。宝くじが当たれば買いたいなと思っているんですが、そんな夢のような話があるはずもなく。

色々な方が見に来て写真を撮って行かれるんですが、なかなか買い手が付かない。空き地の前に住まう私たちや近隣の方々(代々住み続けている人ばかりです)からすると、ちゃんとした新入りさんに入って貰いたいと思っているんですが、いつになったら決まるのやら……。

そんな風に思っていた今年8月のある日、空き地の看板を何気なく見ると、3区画の内、2区画分に「売却済!」との貼り紙があるではありませんか。いよいよ買い手が付いたのか、と思ったんですが、何となく直感的におかしい。

とりあえず妻と母に「今から1週間以内に工事が始まるか、買主が挨拶に来るかしなかったら、多分フェイクだろうと思う。」と予言しておきました。その一つ目の理由は、一気に2区画つまり1億4000万円の買物が出来るレベルの個人や会社なら、十全な社会常識を備えているはずで、購入後即座に近隣住民への挨拶に回るはずであること。工事って周囲にかなりの迷惑をかけますから、賢明な施主なら先に近所まわりをしておいてトラブルの芽を先に摘んでおくはずです。そんなことに気づかないレベルの人が1億4000万円をポンと出せるとは思えない。

もう一つの理由は、更地と住居用地では固定資産税の賦課額が全く違ってくること。固定資産税の税額は1月1日をもって計算されますが、その時点で更地のままであれば、約5倍の固定資産税がかかってくるはず。とすると、土地を購入した以上、できるだけ早く建築を始めないとなりません。

そして1週間が経過。買主の挨拶も工事の開始もありませんでした。「はは〜ん、これはやっぱり希少感を出すためのセコいマーケティングだな」と思っていると、案の定、その数週間後に「売約済」の貼り紙を引きはがす人たちの姿が(笑)。周りの人々が私のことを「名探偵コナン」と呼ぶ、というのは嘘ですが、「現場でじっくり観察すると結構色々なことが分かる」というのは事実だと思います。

ちなみに前の不動産業者は耐えきれなかったようで、今は、新しい別の仲介業者に名義が切り替わっています。



上記のような話を某メガバンク勤務の友人にしたところ、銀行から1億円融資するから、お前の方で1億用意して全部買い取れと言われました。一体どれだけ働かせるつもりやねん、死ぬわ!(笑) もちろん、冗談なんですけれどもね。




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半沢直樹と学士会館

前回、銀行員の話を書いたんですが、今回も少々「半沢直樹」の話です。

下記のニュースによると、ドラマ「半沢直樹」のロケ地が観光客で賑わっているらしいんですが、とりわけ最終回で大和田常務が半沢に土下座をしたシーンの撮影場所が人気との由。千代田区の学士会館です。

大和田土下座シーンのロケ地にファンが殺到 半沢直樹の「聖地巡礼」ブームが起きている (2/2) : J-CASTニュース

私もたまたま最終回だけ見たんですが、該当シーンの場所、何となく見覚えのあるようなないような。で、上記ニュースを見て納得。学士会館なら何度か足を運んだことがあります。

私、大学時代は結構成績優秀でして、某財団から奨学金を授与されていました。えっ、嘘だろうって?いや、信じて下さいよ(笑)。念のために申し添えておきますが、「財団」というところからお分かりいただけるように、怪しい宗教や政治関連の団体ではありません(財団には「主務官庁」があるので妙なところは財団になれません)。先輩にはノーベル賞受賞者もいる由緒正しい財団です。

その財団主催の会合や授与式などで何度か東京に足を運びましたが(もちろん往復交通費は出して下さいます)、その時の会場が学士会館。何でも、旧帝大出身者の親睦を図る場とのことで、かなりレトロかつアカデミックな感じの会館でした。

確かにドラマのロケ地には最適ですよね。といっても、メガバンクの取締役になったことはないので(笑)、その取締役会を勝手に想像して言っているだけですが……。ウチの塾も大きな土地を買ってあんな感じの教室にしてみようかしらん。威圧感ありすぎですかね。ま、宝くじで5億円ぐらい当たれば考えてみたいと思います。




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銀行員も大変だ

巷は「半沢直樹」ブームのようなんですが、銀行員というのは大変なお仕事だと思います。私の高校・大学の同期には、銀行員をしている人がかなり多いんですが、皆本当にハードそうです。身体を壊したり、心身のバランスを崩したり。私には円のない、いや縁のない世界ですが、体力的というよりも精神的にかなり厳しい仕事に見えます。どんな仕事でも大変ですが、精神的な辛さの度合いではかなり上位に位置する仕事なのかもしれませんね。

体力面での辛さは、慣れればそれほどしんどくない気もするんですが、精神面の辛さは慣れること自体が難しいと思うんですよね。ブログに書くことはできませんが、「そりゃそんなコト続けるの嫌だよなぁ」と思うような事も多々あるようで、どの銀行員も、一度は「銀行をやめたい」「もう俺やめるよ」「転職するよ」と言っている気がします(少なくとも私の周囲の人たちはそう)。「お前みたいに自営業で気楽にやれたらいいよな〜」なんて真剣に言われることもあるんですが、ま、自営業には自営業の辛さがあるということで(笑)。

私が大学を卒業する頃は、まだまだ景気が良かったためか、銀行リクルーターから何度もご連絡を頂いた覚えがありますが、私のような人間が銀行に合うはずもなく、銀行のためにも社会のためにも銀行に就職しなくてよかったと思っています。今、銀行員をしていれば……と自分の銀行員姿を想像するとかなり笑ってしまうんですが、妻に至っては、あり得なさすぎると爆笑するんですよね(苦笑)。

間違って銀行員になっていれば、今頃「倍返しだ、いや十倍返しだ!」なんて言っていたのかも……、いやいや、そんなセリフを口に出してしまう人はそもそも銀行員に向いていません。「今度の模試では得点倍返しだ、いや偏差値十倍返しだ!」なんてやっている方が性に合っているようです。




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大阪市の民間人校長制度という「喜劇」

もうこれは喜劇のレベル。大阪市の民間人校長制度です。

大阪市:民間出身校長の不祥事、新たに3人 セクハラなど- 毎日jp(毎日新聞)

大阪市の公募で就任した民間出身の校長の不祥事が相次いでいる問題で、市教委は19日、新たに3人の民間出身校長にセクハラやパワハラの疑いがあることを明らかにした。市教委は事実関係を調べ、処分を含めて検討する。
 市教委や学校関係者によると、西成区の中学校長(59)は今年4〜5月に個人面談した6人の女性教職員に、「結婚せえへんの?」「なんで子供作らへんのか」などと質問。教職員の指摘を受け、校長は6月の職員会議で謝罪した。
 生野区の中学校長(37)は地域との連絡を巡って教頭と口論になり、「間違っていたら謝罪すべきだ」と問い詰め、教頭は土下座して謝った。教頭は「パワハラまがいだった」と市教委に話している。6月には修学旅行で川下りをした際、ふざけて生徒を川に落とした。生徒にけがはなかった。
 一方、鶴見区の小学校長(57)は出張や休暇の手続きを取らずに計3回、職場を離脱した。市外に長時間出かけたこともあった。
(上記記事より引用)


何かこの話ばかり書いている気がするんですが、ここまでネタが続出するとは想定外でした。私も一応市民税を納める大阪市民、加えて、息子を近隣の大阪市立小学校に通わせてもらっている身ですから、少しぐらいは言わせてもらいましょう。

今春から始まった民間からの採用ですが、採用人数は11人。前回までで3名の不祥事が判明していましたが、今回また新たに3名の不祥事。極めて効率的な不祥事量産システムができています(笑)。

11名中の3名でもハンパないハズレ率ですが、11名中の6名とあってはハズレ率55%。半分以上がダメ校長って……。これでまだ採用を増やすというんですから、小学生を持つ親からすると、戦々恐々ですよね。ウチの子の学校にハズレが来たらどうしよう、と誰もが危惧するレベルです。

そもそも、校長募集にホイホイと応募できる立場の人の中に、有能な人が含まれている可能性はかなり低いと思うんですよね。もちろん中には有能な方もいらっしゃるとは思いますが、そうした方は普通、何らかの責任ある立場にあるはずで、ある程度の任期しか予定されていない職に応募するということは、道徳的にも経済的にも見合わない可能性が高い。この民間人校長制度はむしろ、山っ気のある人・食い詰めている人を呼び寄せてしまうシステムなのではないか。

これがIT企業なんかなら、私も文句はありません。経営者には山っ気がある方がいいぐらいでしょう。一山当てても、不祥事で倒産しても自己責任です。でも、公立小中学校校長にそんな人材は不要です。しつこいようですが、学校という場に政治的なものは持ち込まない方がいい。市政に迎合するような人材ばかりを集めるようなシステムなら、先行きは暗いと言わざるを得ません。

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『モンスターズ・ユニバーシティ (Monsters University)』を見て

ちょっと前、ピクサーの『モンスターズ・ユニバーシティ (Monsters University)』を見てきました。息子と見に行くことを約束していたんですが、なかなか時間が取れず、結局見に行ったのは夏休み最後の日曜日。ただ、映画の日にあたっていたので、安く見ることが出来ました(大人子ども共に入場料1000円)。



前作の『モンスターズ・インク』は、某所から貰った映画の招待券があったため、何も期待せず見に行った作品。その頃はまだ息子が生まれておらず、私も妻もアニメにあまり興味が無かったため、半ば時間つぶしに行ったんですが、これが面白いの何の!この映画を見て、初めてピクサーアニメーションの素晴らしさに気づいた次第です。

起伏のあるストーリー、人間(というかモンスター)の生を肯定する明るさ、細部に至るまで作り込まれた映像。テーマ音楽はランディ・ニューマン(渋い人選だなぁ)。その後、色々なピクサー作品を見ましたが、どれもハズレがなく、上質なエンターテインメント作品に仕上がっています。子どもも大人も楽しめる映画を作るのは難しいことだと思いますが、どの作品もそれをクリアしているんですよね。



さて、『モンスターズ・ユニバーシティ』の予告編を初めて見たのは、妻と『オブリビオン(Oblivion)』を見に行った際のこと。映画館からの帰り道、「また息子とピクサーの新作を見に来よう」という話をしていたんですが、腑に落ちない点が一つ。

それは『モンスターズ・ユニバーシティ』が「大学」を舞台としていることです。今までのピクサー作品は、米国の観客であれば、ほとんどの人が疎外感を覚えずに見られる場所を舞台としていました。例えば海。例えば一般的な家庭の子ども部屋。例えば宇宙。しかし、「大学」という舞台については、やや疎外感・違和感を覚える人もいるのではないか。

大卒の人や大学生・大学進学を考えている学生からすると、「大学」を舞台とする映画は、親しみやすいものだと思いますが、高卒・中卒の人からすると、やや疎外感を覚える作品になるのではないか。大人が映画館に子を連れて行く以上(幼い子どもだけで映画館に出かけるはずはない)、大卒以外の親には選択されない作品になってしまうのではないか。そう考えたわけです。

ちなみに、日本で考えてみると大学進学率はほぼ50%。米国の大学進学率は知らなかったので、ネットで調べてみると74%程度とのこと。ただ、日米ではカウントの方式が違うようで、米国では学士号を授与しない高等教育機関への進学者をもカウントしている模様。ということで、はっきりとした数字は分かりませんが、いわゆる「総合大学 (University)」や「カレッジ (College)」への進学者だけで見れば、日本とそう変わらないのかも。

いずれにせよ、ピクサーは、今回から一定以上の学歴階層・所得階層に属する人々をターゲットにし出したのかもしれない、でも、そうだとすると、興行収入は前作より落ちるはずで、何故そんなストーリーにしたんだろうか……と妻も私も腑に落ちなかったわけです。



さて、ご存じでない方のために『モンスターズ・インク』について少々説明しておきましょう。

まず、人間界のパラレルワールドとしてモンスター界が存在するんですが、そこではエネルギーとして「人間の子どもの叫び声」が用いられています。パラレルワールドは「モンスター界の発電所の扉」と「人間界の子ども部屋のクローゼットの扉」で結ばれているんですが、モンスター界では人間は放射性物質のようなものと考えられており、子どもを怖がらせてエネルギー(子どもの叫び声)を取得する役目の「怖がらせ屋」は、命知らずのヒーローと称えられている、という次第。

主人公のマイク・ワゾウスキ(一つ目の小さい方)とサリー(ふわふわ毛の大柄な方)のコンビは中でもトップクラスの発電量を誇り、モンスター界を支えているという設定なんですが、その二人の青年時代を振り返る前日譚が今回の作品『モンスターズ・ユニバーシティ』。

ここからは少しネタバレになりますので、ご注意。





モンスターのエリートが集う「モンスターズ・ユニバーシティ (Monsters University)」は、モンスター達の憧れなんですが、中でも「怖がらせ学部」は看板学部として、皆から一目も二目も置かれる存在。ちょっと鼻持ちならない学生・教授なんかもいる学部ですが、全モンスター界から優秀な学生が集まるだけあって、教育機関としては最上級という描かれ方。

主人公のマイクは、小柄な体格というコンプレックスをバネに必死で勉強して、この「モンスターズ・ユニバーシティ怖がらせ学部」に入学します。一方相棒のサリーは、エリートの親の七光りで入学してきた気楽な学生。

「はは〜ん、この対照的な二人が反目し合いながらも、最後は優等な成績で卒業するって話なんだな。エリート大学→エリート企業って、何だかベタな話であまり感心しないなぁ」と思って見ていたんですが、何と話は全然違うルートをたどります。

実は、彼ら二人とも、(色々な経緯があって)大学をドロップアウトしてしまうんです。その後、エネルギー工場に郵便係のバイトとして入り、下積みからコツコツと働き上げ、「怖がらせ屋」に昇進し、最後には最高成績をたたき出すというストーリー。

ここでようやく私にも分かりました。「大学を卒業しなくとも立派に仕事は勤まる、むしろ、エリート的なルートをたどってきた者よりも遥かに独創性が高く個性的な仕事ができる、非大卒のワーカーこそが世界を支えている」というメッセージが読み取れるエンディング。これなら、大卒者だけにアピールするターゲットの狭い作品にはなりません。見ようによっては、大学教育の偏りや無意味さを笑い飛ばす作品だとも言えるかもしれません。

誰もが疎外感を持たなくて済む結末は、エンターテインメント作品として一級品です。う〜ん、上手い。

なお、DVDでご覧になる場合は、前作から順番にご覧になることをお薦めします。

<追記>
記事を書いてから気づいたんですが、米国公式サイト、メチャクチャよく出来てますね。真剣な大学のウェブページじゃないですか(笑)。

Monsters University





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大阪市民間人校長の不祥事再び

何と言いますか、何故こんなに不祥事が多いんでしょうか、大阪市公立小学校の民間人校長制度。毎週のように何らかの不祥事が発生していますよね。11人採用で3人目の不祥事って、ハズレ率ハンパないです(笑)。

今日の報道で見たのは、民間出身校長が率先して行った偽アンケート。

公募校長が偽アンケート…教委実施装い自身の評価 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

全国公募で大阪市西淀川区の市立小学校長に今春就任した民間出身の男性校長(50)が今年6月、「民間出身校長の採用の参考にする」と偽り、校長としての自身の評価などを保護者らに尋ねるアンケートを勝手に行っていたことが分かった。
 市教委は7月下旬、男性校長を厳重注意し、校長はアンケートの回答者らに謝罪文を配布した。

(中略)

 市教委は7月、学校関係者の指摘を受けてアンケートの事実を把握。校長から回答用紙を回収した。市教委が公募校長らにアンケートを指示した事実はなく、市教委は「権限を逸脱し、不適切だった」として校長に厳重注意した。
(上記記事より引用)


校長本人はよかれと思っているのかもしれませんが、保護者や職員に対して、真っ赤な嘘をついているわけですから、彼らを愚弄しているとしか言いようがないと思います。嘘を平気で、大々的・計画的につくような人が校長をしている、しかもそれがばれても謝罪すればOKなんていう事態は、生徒達にとってとても「非教育的」なんじゃなかろうかと。

以前取り上げたセクハラ校長も同じことだと思います。研修を受けた後にまた「校長」として復職するとの事なんですが、これって笑い話ですよね?

(今回の話は小学校が舞台ですが)高校生の頃の私なら、間違い無く「身を持ちて世のあらむ方を教えたまふ此校主、今ぞ帰校し給へる、熱烈歓迎」などと垂れ幕を作って校舎に張り出していたと思います。私が文案、字の上手い友人が字を書く、多分他にも有志がいっぱい集まったかと思います。とっても嫌味な生徒達(笑)。当時の先生方にも微苦笑していただけたかと。「世」という語は平安時代だと「男女の仲」という意味をも持ちますが、先生方もそうした含意が読み取れるレベルの人々でしたからね。今じゃそんなことをすれば大問題なのかもしれませんが……。

それはさておき、いけしゃあしゃあと戻ってきた民間人校長は、保護者さん方や教員方で、ビシビシ再教育してやって下さいませ(笑)。

公募セクハラ校長の復職方針、保護者が猛反発 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

<追記>
2013.10.25付の報道によると、大阪市教委はこの校長を学校に復帰させず、自主退職を求めることを決めたとの由。校長の方も退職を受け入れる模様です。何でも、「研修と教育委員の面談の結果、反省が不十分で課題を直視できていないと判断した」とのこと。猿でも「反省したフリ」ぐらいはすると思うんですが(笑)。

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車谷長吉『贋世捨人』


ちょっとした読書メモ。

昨日、車谷長吉『贋世捨人』を読了。読み出したらグイグイ引き込まれて、随分夜更かしをしてしまいました。氏が作家になるまでの半ば自伝的な作品なんですが、どこか不思議な感覚があります。


贋世捨人 (文春文庫)贋世捨人 (文春文庫)
(2007/04)
車谷 長吉

(冒頭部分が立ち読みできます)

正直に言えば、陰惨・卑猥・反道徳的な部分が多いので、このブログ(塾ブログなのでたまに小学生も読んでいたりします)で紹介するには全く適していない作品です。取り扱われている内容は、苦しく重く暗い。こんなことを実名で書いてヤバくないんですかと思ってしまう部分も多々あります。著名な文学者、政治家、右翼の大物、町にうごめく庶民、いずれもが徹底的に実在の固有名詞として同列に扱われ、読む者としては嫌でも興味を惹かれます。

作者だけでなく周囲の人々も、どこか澱んだ生活に身を浸していて、汚辱にまみれています。薄暗い町、家、会社。憎悪、諦念、失意、明るい感情が描かれることがほとんど無い。

しかし、何だろう、逆説的ですが、文章のそこかしこに、明朗なものが、腹を据えた人間・吹っ切れた人間の潔さのようなものが吹き渡っています。濁世に浸りきって、身を落としきるところまで落とした果てに、清澄な地平が広がっているとでも言いましょうか。そういう意味で、読後感がむやみに良かった小説なんですが、内容を考えるとそれは奇跡的なことのようにも思えます。

この世には、書かずしては生きられないという「業」を背負った人々がいますが、車谷長吉氏は正しくその一人。私のような凡人は、「業」を負う人を眺めやることぐらいしかできません。

さて、「世捨て」という生き方がこの小説のテーマ。すべての「世捨て」は「贋」だと喝破するのが、氏の母親であるところが面白い。その部分だけ引用させてもらいます。東京で失業した筆者が、無賃乗車をして故郷の姫路まで帰って来、実家でボンヤリしているシーンです。

母がそばへ来た。
「あんた、貧乏が好きになって、なれの果ては無一物や。ほら、無一物でもええわいな。どのみちこの世のことは、あの世へ持って行かれへんのやさかい。けど、人は死ぬまで生きて行かな、あかんのやでな。それにはいやでも応でも銭がいるわいな。あんた何様なんやいな。(中略) 西行はんな、あの人、何もかも捨ててもて、無一物がいっちええ、いうような歌、上手に詠んだったわいな。けど、あの人な、世を捨てたったあとも、紀州の方にようけ年貢米が上がる荘園持っとったったいう話やないか。これだけはよう捨ててなかったいう話やないか。しがみ付いとったったいう話やないか。百姓に汗水たらして働かしといて、我が身は無一物がええ、いう歌を詠む。これが西行はんいう人の性根や。(以下略)」


私も授業の中で、時々こういう話をするんですが、西行、兼好、長明に幻滅されるんですよね。いくら格好を付けても、生きてゆく以上、お金は要るし、ウ○コもするよと(尾籠な話すみません)。

私は、お金に執着しすぎるのは馬鹿らしいことだと思いますが、その一方で、「お金なんて汚らわしい」なんてお高くとまるのもまた偽善的で大嫌いです。形而上世界に生きているかのような人よりも、地面に這いつくばって生きている人の方が、やっぱり親近感が湧きます。そんな意味で、とても「爽やかな」作品でした。



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Tedeschi Trucks Band (テデスキ・トラックス・バンド)と夫婦商売

前回、夫婦商売の話を書いたんですが、そのきっかけは Amazon からのリコメンドメール。Tedeschi Trucks Band (テデスキ・トラックス・バンド)のニューアルバムがお薦め盤として掲載されていました。

そうだそうだ、彼女らのアルバムをウィッシュリストに放り込んで忘れていたよと思いながら、YouTubeで見つけたのが下記のライブ映像。

Susan Tedeschi & Derek Trucks / Little by little


このバンド、Susan Tedeschi (スーザン・テデスキ)と、Derek Trucks (デレク・トラックス)の夫婦を軸としているバンドです。映像を見ていただくと分かるんですが、スーザンのハスキーヴォイス&ギター、デレク(後ろでギブソンSGを弾いている男性)のボトルネックが絶妙な具合で絡み合って、とても格好良い。

スーザンは「姐さん」としか言いようがない雰囲気なので、私は「スーザン姐さん」「テデスキ姐さん」と呼んでいるんですが(笑)、御主人デレクのボトルネックもこれまた魅力的。

映像を見ていると、お互いを信頼しているところがチラホラ感じられていいんですよね。リラックスしながらも熱い演奏。う〜ん、ええ夫婦や。調べてみると、スーザン姐さんはデレクより9歳年上。金の草鞋を履いて探したんでしょうか、夫は妻の前で安心して力を存分に発揮、妻はそれを見てご満悦。夫婦商売(夫婦ショービジネス)かくあるべし、と思った次第。

私たち夫婦は互いに同年齢なんですが、ちょっと見習わねば。




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織田作之助先輩の『夫婦善哉』と夫婦商売


最近知ったんですが、NHKが織田作之助の『夫婦善哉』をドラマ化しているんですね。主演は尾野真千子(蝶子)、森山未來(柳吉)。1回分を見ましたが、キャスティングがいいですね。しっかり者の「やとな」蝶子、もひとつ頼りない「あほぼん」柳吉のムードが良く出ています。この人物像は関西弁をもってしか表現出来ませんが、調べてみると主演の二人とも関西出身。うん、いい。

今年はオダサクこと織田作之助の生誕100周年。実は私、オダサク直系の後輩にあたります。彼の卒業した旧制大阪府立高津中学校は、私の母校大阪府立高津高等学校。彼の通った第三高等学校は今の京大に当たります。オダサク先輩は三高を中退してしまうんですが、ま、それは愛嬌ということで。

そんな事情から、織田作之助先輩の小説にはかなり親近感を持っています。特に短篇『木の都』などは、先輩が私のために書いて下さった小説、私以上にこの小説を心で味わえるものは居まい、とまで思っています。オダサク先輩はこんな不肖の後輩を「こいつ、あほちゃうか」と笑っていらっしゃるとは思いますが(笑)。

織田作之助 木の都

大阪の庶民を描かせて右に出る者はおらぬオダサク先輩ですが、何かブログには書きにくいんですよね。親近感がありすぎて。生まれ育った場所も近所、高校・大学も一緒、最初の奥さんの旧姓は「宮田」(私の親戚ではありません)、墓所は楞厳寺というこれまた近所のお寺。しかもイケメンで夭折、あ、これは私との相違点か。

そうそう、川端康成への私怨を持っていらっしゃったようですが、いきさつを聞いてみると、私としてはとても納得がいきます。後輩という立場を差し引いても、私は織田作之助支持派です。

そんなこんなで、オダサク先輩のことも書いてみたいと思っていたんですが、今日は「夫婦」に話頭を転じようかと。



小説『夫婦善哉』は、夫婦愛の物語(だと私は思う)。この夫婦、二人で商売をしてはしくじるということを繰り返します。読者は「もう、何でそんなスカタン(間抜け)なことするかな」と思いながら読むことになるんですが、それが何となく大阪下町の夫婦っぽい雰囲気をかもし出します。

よく考えてみると、私たち夫婦もある意味「夫婦商売」。二人で塾を営んでいるわけで、ま、格好良く言えば『夫婦善哉』の世界です(笑)。

夫婦で一つの仕事をランニングしてゆくということは、意外に人の興味を引くようで、仕事の話を他人にすると、結構根掘り葉掘り聞かれることがあります。で、大体において反応も決まっています。

多くの男性は私に「奥さんと一緒に仕事できていいなぁ、楽しそうだなぁ」と言い、多くの女性は妻に「いつも御主人といっしょにいててしんどくない?ちょっと可哀想かも」と言う(orそういう雰囲気をにじませる)んですよね……。嗚呼、男と女はかくも違えり。

私「なぁなぁ、夫婦で同じ仕事してるって言うと、女の人ってよく複雑な顔をするよな。どう思う?」

妻(少しニヤニヤして)「……」

私「なんで無言やねん!何か言うてよ!」(涙)


ま、何とかうまくやっているので、あまり詮索しない方がいいのかも。何度か妻と二人で食べたことがありますが、また南地法善寺横丁のぜんざいでも奢って妻の機嫌を取ろうかと思案中(笑)。



ご興味のある方はどうぞ。そんなに長い作品ではありません。
織田作之助 夫婦善哉




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東京オリンピック開催決定に関する雑感

2020年のオリンピック開催地が東京になりましたね。政府関係者・スポーツ関係者はもちろん祝賀ムード全開ですが、マスコミやオリンピック開催で潤う(と皮算用する)人たちも大変な盛り上がりようです。

個人的には、オリンピックにはどうも興味がもてません。いや、スポーツが下らないと言いたいわけではありません。スポーツであれ何であれ、真剣に全てを賭ける人たちの姿勢は尊いと思います。しかし、過度にショーアップされた試合中継や、異常なほどのセンチメンタリズムにどことなく違和感を覚えてしまう。

「スポーツやオリンピックで国威発揚だ!」なんていう考えならまだ可愛らしいんですが、日本のように経済発展を遂げきった、もっと言えば、かなりスレた国の場合、ほとんどの人が口にするのは「オリンピックのもたらす経済的利潤」のこと。何だかこれって古臭くないかと。金儲け・利潤追求自体がダサいと考えている訳ではありません。ただ、スポーツってもっと原始的で獣性に満ちあふれたものではないかと思うんですよね。その荒々しき祭典としてオリンピックはあるべきではないか。

浅井健一の詩を思い出します。

古い世代の奴らは金で何でも買い漁った
だけど俺たちは自然の掟の中で生きる獣の世代さ
‪Blankey Jet City‪「Punky Bad Hip」


そもそも、四年に一回の舞台というのは、選手にとってあまりに過酷ではないか。体力・精神力のピークをオリンピックの舞台に持ってくるのは至難の技ですから、どうしても巡り合わせや運がメダルの行方を大きく左右します。それなら、各競技別の世界大会(例えば世界陸上大会だとか世界水泳大会だとか)にさらなる権威を与えるようにして、オリンピックの方は純粋に獣性を発揮する祭りにすればよいのに、なんて考えるんですが、これだと関係者があまり儲からないんでしょうね。ま、いずれにせよ、私が言っても何の説得力もありません(笑)。

私も一流スポーツ選手の凄さは認めていますし、尊敬もしています(オリンピック雑感:国語塾・宮田塾のブログ)。しかし、一般人もスポーツ選手もオリンピックに異常な価値を認めすぎではないかと思うんです。

誰かが言っていたんですが、インドのオリンピックに対する姿勢には非常に面白いものがあります。ご存知の通り、インドの人口は世界2位で12億を超えているんですが、ロンドンオリンピック(2012年)の獲得メダル数は、金メダル0、銀メダル2、銅メダル4で、総計6。人口13億人強で世界1位の中国が、金メダル38、銀メダル27、銅メダル23で、総計88だったというデータと比べてみると、あまりにもショボい。

でも、これってある意味自然な事だと思うんですよね。おそらく、インドの政府要人も「スポーツなんてやりたい奴が勝手にやったらええやん、国があれこれお金を出したり強化するなんてあほらしいやん」と考えているのでしょう(笑)。スポーツに目の色を変える国が先進国で、そうでない国が後進国だとは決して言えません。むしろ、後者の方が大人っぽい国と言えなくもない。



なんだかひねくれた意見を書いてしまいましたが、私が今回、一番興味を持って読んだのは、下記の記事(ハッピー‏‪@Happy11311さんのTwitter)です。やはり現場の声は貴重。

福島第一原発収束作業中のハッピーさんがオリンピック開催についてつぶやく - Togetter

オリンピックを開催するからには、しっかり成功して欲しいですし、困難を極める福島原発の収束作業にも、せめて何かしらの良い影響を与えてくれればと思います。

さて、そろそろオリンピック出場に向けて練習を始めるとしますか!(嘘です)




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バイクの思い出

そろそろ秋到来。バイクが好きな人には良い季節ですよね。私、二輪車の免許を初めて取得したのが高校1年生、16歳の頃。免許といってもペーパーテストだけで取れる原付の免許だったんですが、とても嬉しかった覚えがあります。

私の高校生時代には「3ない運動」なる規則がありました。「バイクを運転させない」「バイクを買わせない」「バイクの免許を取らせない」ということなんですが、訳が分からない。なぜ学校が生徒の私生活にまで強制力をもって口出ししてくるのか。実際、法的にも大きな問題をはらんでおり、違法とする判決がいくつもあります。最近はこの妙な運動も下火になってきたようですが……。

「危険なもの」を遠ざけて良しとするのは、教育としてはレベルの低い話だと思うんですよね。「危険なもの」があった場合、どこに危険性があり、どう対応すれば安全なのかを教える方が現実的ではないのか。特にスポーツや運転のように身体で覚え込むべきものは、大人になってからでは遅いということも言えます。

幸い、私が通っていた高校はかなりリベラルな雰囲気のある高校でして、上記のような運動はどこ吹く風でした(多分)。ま、学校側の言うことを素直に聞くような高校生でもなかったので、仮に禁じられていても無視していたと思いますが……。

そんなわけで、二輪好きな人間は勝手に免許を取得して、原付バイクに乗っていました。私もその一人。祖父も父も二輪車や自動車が好きで乗り回していたタイプでしたので、家族からの反対もありませんでした(むしろ若いうちから乗って極力安全性を高めろという雰囲気)。

バイトに勤しんで排気量250cc〜400ccのバイクに乗っている友人が幾人かいましたが、私もそれに影響され、祖父祖母が経営していた店で毎週日曜日にバイトをさせてもらい、コツコツ貯金しました。で、最初に購入したのは、50ccのミッション車(スズキのRG50Γ)。バイク好きな友人内では、「クラッチ操作やシフト操作が要らないスクーター(自動車で言えばオートマティック車)なんて、バイクじゃねえ!」という空気がありましたし、私自身もミッション車が欲しかったんですよね。

操作にはすぐ慣れましたが、購入して1週間後に京都の祖父祖母宅に行った際はとても緊張しました。大阪からせいぜい50km程度の距離なんですが、国道1号線は交通量が多く、50ccのバイクだと、かなり気を使わねばならないんですよね。ただ、そのプチ・ツーリングで、自分がとても成長し、本当に大人になったような気がした覚えがあります。

自転車とは桁違いに広がる行動範囲、風の匂い、スピード感、孤独感。高校生に楽しくないはずがありません。その後も暇を見つけては郊外に出かけていました。時には友人と出かけることもありましたが、どちらかというと単独行動派なので、郊外の公園に出かけては一人ベンチに座って小説を読んだり、時には参考書を開いてみたり(勉強はそれなりに真面目にやっていた)。

バイクがお好きな方のためにやや細かい話をしておくと、当時の50ccバイクは、2ストロークエンジン。今では、2ストロークエンジンなんて昔話ですが、上手くパワーバンドを使わねばならないエンジンはとても勉強になりました。私の乗っていたバイクのエンジンは高回転型(しかも水冷式)だったので、10000rpmぐらい簡単に回ったんですが、それぐらいでクラッチミートすると、軽々と前輪が浮上。時速60kmでプラグの点火が制限されるリミッターはもちろん外してありましたから、下り坂なら、余裕で時速100km程度が出ました。って、これは想像上の話なんですけどね(ということにしておいてください(笑))。

ともあれ、その時に覚えたバイクとの過ごし方は、今もあまり変わりません。危険な乗り物だと思われるかもしれませんが、徹底的に集中して運転し、危機察知を怠らず安全運転に努めれば、かなりの部分の事故は回避しうるのではないか、と思っています。一応、今までバイク・自動車ともに事故は未経験。違反は、違反は……まぁ人並みです(苦笑)。

自動車の普通免許も20歳頃に取得していますし、それなりに自動車も運転してきましたが、こちらを面白いと思ったことはほとんどありません。自動車を運転している間は、業務をこなしている感覚。走り出して15分もすると退屈してしまうんですよね。

人に二輪車を薦めるつもりはありませんし、実際、一度も人に薦めたことはないんですが(責任が取れない)、最近の若者が二輪車に乗らなくなったのは、なんだか少し寂しく勿体ないことだと思う次第。

バイクと自動車の違いについてあれこれ思うことがあるんですが、またその内に。




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日野啓三『文体について』入試国語出題文から


受験国語を教えるという仕事柄、色々な入試国語問題に触れるんですが、「興味深い見解」や「思わず深く肯いてしまう主張」を見つけることもしばしば。そうした部分をお裾分けしようというのが、この「入試国語出題文から」というシリーズの趣旨です。難解な文章を平易に解説する、なんてのは授業に任せて、ブログでは、難解な文章は難解なまま、平易な文章は平易なまま、放り出すようにしてご紹介しようと考えています。

さて、初回は、某大学を対象とした模試の問題文から。日野啓三『文体について』です。

かなり硬質な文章ですが、論旨は明確です。ある程度私の方でまとめてみます。

「文体」とは何であるかという自問に対し、日野啓三は下記のような答えを用意します。曰く、

「事物を掴みとっている精神力の強さ」

「雑然たる事物、混沌茫漠たる存在から、何らかの形を抽き出して形づくる能力」

「魂の抽象力」と。

そうなんですよね、目の前に広がる混沌から、真髄とでも呼ぶべき部分を暴力的なまでに抽出する。それを文体と呼ぶかは別として、その抽象力は心に感動を呼び起こす作品の必須条件でしょう。小説であれ、音楽であれ、絵画であれ、ジャンルは問いません。私はこうした事柄を「魂」と呼び習わしているんですけどね。

話はやや逸脱しますが、1960年代頃から、米国黒人音楽が「ソウル・ミュージック」と呼ばれることになったのは故無きことではありません。歌われる題材は極めて卑近な事柄でありながら、そこから抽象される人間の根源に触れるような感情を迸らせる音楽。そうした音楽を人々が「ソウル=魂」と捉えたのはとても自然なことに思えます。この事柄は、日野啓三の言う「文体」「スタイル」とほぼパラレルです。

重要部分を引用します。

実在の混沌と虚無を前にして(内部に感じとってといってもいい)、そこにひとつの形をつくり与える、というより、われ知らずつくり出してしまう人間の不思議な力に対する感動、といってもいいし、何らかの形なしには生きられない人間の根源的不安定さに対する怯えと畏れの感情といってもいいが、そのような底深い感情の震えを誘い出してくれる形。現在、私が「文体がある」と生々しく感じられる作品とはそのようなものだ。


深く深く同意します。私が求めている物語も、音楽も、ライブも、演劇も、そういうものです。

ただ、こうした「感情の震え」は、ぼんやりとしていては味わえません。日野啓三曰く、

それこれの小説に文体があるかないかまで感じとるには、きわめて鋭敏な感覚、良い目と良い耳、いわば芸術的な感受性を必要とするように思われる。


鈍感な私ですが、芸術的感受性を研ぎ澄まし、目を耳を利かせてゆくことは、一生の楽しみであるような気がします。



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Googleマップと高速道路

塾とは全然関係ない話題です(って、いつものことですが)。

Googleマップには一方ならぬお世話になっています。出かける前にはMacで利用、出先ではiPhoneで利用、布団の中ではiPadで知らない町をウロウロ。

小さな頃から、辞書と地図を読むのが大好きでしたが、このGoogleマップは史上最強の地図だと言って過言ではありません。ストリートビューで町並をチェックしたり、ルートを確認したり(時々???な順路を教えてくれるのもまた愛嬌)、GPSロガーで取得したデータを展開してみたり。それが世界レベルで出来るんですから驚愕です。

データも随時更新されます。Googleが時々データ内容をひっそりとアップデートしているんですよね。

最近、高速道路の開業や延長の反映がやや遅いかな、と思っていたんですが、ここ数日で高速道路のデータが更新されています!今年2013年4月に開通した、京都縦貫道の大山崎ICから沓掛IC区間なんかは、数日前までマップ上に無かったんですが、今はしっかりと掲載されています!今まではルート検索をしても、この道がないものとした道順しか教えてくれなかったんですけどね。

京都縦貫道の上記区間、開通以来すでに4〜5回利用しているんですが、丹波までのアクセスがすごく良くなりました。さらに来年(2014年)は、京都縦貫道が全面開通しますので、丹後半島が近くなります。またあてもなくフラフラと出かけてしまいそうな。ピカピカの高速道路は最高に楽しいんですよね。

その他にも、阪神高速の新線、淀川左岸線なんかもデータ化されています(個人的にはあまり利用する機会がないんですが)。

昨年は新東名高速(三ヶ日JCTから御殿場JCT)がなかなかデータ化されず、何時になればGoogleマップに掲載されるのかと思っていましたが、これも気がつけばストリートビューまで用意されていました。有りがたや。実は昨年、Googleマップに掲載される前に、新東名は3往復ほどしてしまったんですよね。この道のおかげで、富士山や神奈川県がとても近い場所に思えます。

Googleマップには、一生付いていこう(笑)。




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安上がり

もう9月ですね。

先週は誕生日だったので(当年とって44歳)、妻と母に食事を奢ってもらいました。おいしい天ぷらです。レストラン街にあるごくごく庶民的な店で、高いものではないんですが、家族から誕生日を祝ってもらえるのは嬉しいことです。

グルメから何百光年も離れた存在の私ごときには、チープな食べ物と高級な食べ物の違いが分かりませんから、豪華な食事をご馳走されても、まったくの無駄なんですよね。そういう意味で、すごく安上がりな男だと自任しています。

以前、塾の生徒に「先生って、どんな食べ物が好き?」と聞かれたことがあります。この生徒、保護者様が飲食店をなさっていて、言動の端々から、グルメなことが伺える生徒でした。

私「ん?フライドポテトかな。ファストフード店のじゃなくて、家で揚げてもらうやつだけど。」

生徒「え〜、もっと何か好きなのないの?」

私「あ、そうそう、ベビースターラーメンが大好きなんだよなぁ。旅行に行くときは何時も持って行ってるよ!で、旅先でポリポリ食べるねん。」

生徒(心底あきれ果てた顔で)「先生、もう少しいいもの食べたら?」

このやりとりを妻と母にしたところ、すごく怒られました(笑)。「私たちが料理下手でロクなものを食べさせてないみたいじゃない!」二人の名誉のために付言しておくと、ちゃんと栄養のバランスを考えた食事を作ってくれるので感謝しています。ただ、私が、味に関する理解力を極度に欠いているだけでして……。

でも、ハイオク指定車より、レギュラーでガンガン走る自動車の方がいいと思うんだけどなぁ(言い訳)。

さてさて、9月からも頑張りたいと思います。



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