宮田塾のブログ

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私だってボケたい - ボケの役割・ツッコミの役割


ひええ、今年ももう8月。どうしてこんなに月日の過ぎるのは早いんでしょうか。例年、夏休みのこの時期、当塾はあまりの忙しさに軽く「ブラック企業」化するんですが(笑)、無聊をかこつよりは遥かに有り難いことです。お盆休みまであと一息頑張ろう。

先日のこと、息子や妻と某所のCDショップをうろついていると、小田和正のニューアルバムが発売されたのか(すいません、個人的に興味のないミュージシャンなので類推です)、CDが目立つところにディスプレイされていました。

息子「あれ!この人、ワタミの人?」

私「そうやで、よく気付いたな。ワタミの社長だよ。彼は自分の会社が『ブラック企業』と呼ばれることに憤慨して、音楽活動に乗り出してん。シングルカットされた『過労だなんて言わせない』が最近よくTVで流れてるやろ?」(それらしい歌詞で歌う)

息子「ないないない!(笑)」

妻「ほんまに?ほんまに?」

私「ボケに決まってるやろ!ええかげん、気付いて〜な(涙)。」

私の場合、その立場上、授業や面談などの公的な場面では真面目なことしか話せないんですが、その代償として、日常生活での家族との会話はほとんど冗談だけで占められています。たぶん家族との会話の9割ぐらいは冗談。真面目な話ばっかりしていると死んでしまう。

息子はそのあたりの状況を理解していて、的確にツッコミを入れてくれます。「ないないない!」「そんなんありえへんし!」関西人として、ツッコミを入れることは基本的なマナー(と断言しよう)。思えば、的確なツッコミを入れられるようになるべく教育すること幾星霜。ここに至って、ようやく満足なツッコミを聞けるようになってきたんですが、問題は妻です(笑)。

あほらしいとお思いでしょうが、会話を初めとするコミュニケーションには表面的な意義だけではなく、深層に隠されたノンバーバル(非言語的)な伝達内容もあります。たとえばボケというのは、「私はあなたのことを楽しませてあげたいと思っていますよ、あなたのことを気遣って、なごやかな関係を築きたいと思っていますよ」というメッセージを内包していると思うんですよね。そしてツッコミには「あなたのメッセージを受け取りましたよ、あなたのことを私も気遣っていますよ」というメッセージが含意されている。

暑苦しい関係性だなと思われるかもしれません。確かに暑苦しく時にうっとうしいコミュニケーションのスタイルですが、関西ではかなり古くから践み行われて形式ではないかと思うのです。例えば、万葉集に長歌と反歌の呼応が多く見られたり、贈答歌が頻出したりするのはその源流ではなかろうかと。考えすぎでしょうか(笑)。ま、このあたりはいくらでも話が広がってしまうので、またの機会に回しましょう。



で、問題の妻なんですが、20年以上にわたってこのコミュニケーション論を力説しているんですが、全く乗っかってくれません。確かに私の会話・冗談が低レベルであるということも原因なのかもしれませんが、ちょっとぐらい突っ込んでくれてもいいじゃないか(涙)。

こちらがボケると、必ずといっていいほどさらに大きな天然ボケで返してくるので、どうしても、どうがんばっても、「ツッコミ」ロールしか担当させてもらえない。ため息まじりにツッコミながら、「俺、子供ができたら絶対にツッコミを教えるんだ……」と思ったことは数知れず。

思うに、義母と話していると、妻に輪を掛けて天然なので、遺伝なのかも……。「いや、お義母さん、それはないでしょう。」「ちょちょちょ、お義母さん、そんなことはないんとちゃいますか。」なんか周りに「天然」な人が多すぎる気が(笑)。

そんなこんなで、「天然」な人を(話さずとも)見ただけで瞬時に判別する能力が身に付いてしまっているんですが、あんまり利用価値のない能力でございます。



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