宮田塾のブログ

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森ノ宮キューズモールと日生球場

当塾のある玉造の隣町、森ノ宮に「キューズモール」がやってきます。完成は来年2015年春とのこと。正式名称は「もりのみやキューズモールBASE」と決まったそうですが、完成がとても楽しみ。当塾からだと徒歩10分程度なので、玉造や森之宮の住民の生活にも大きな影響を与えそうな施設です。

東急不動産グループの公式発表
http://www.tokyu-fudosan-hd.co.jp/news/pdf/271

ご存知の方も多いとは思いますが、「キューズモール」は東急不動産が手がける大型商業施設。既に阿倍野(天王寺)、箕面、尼崎にもあるので、4店舗目ということになります。

あべのキューズモールの方は、玉造から環状線一本で行けることに加えて、バイク駐輪環境も優れているので、しばしば利用してきました。明るくゆったりしたスペース遣いで、庶民的な価格帯の店が多いせいか、若年層・ファミリー層・中高年層をまんべん無く集客しています。何時行っても活気を感じさせる施設で、(正確なデータは知りませんが)お客さんの滞留時間も比較的長いように感じます。みのおキューズモールも一度利用したことがありますが、こちらも周辺住民に愛されている感じがしました。

そもそも、私のようなおっさん世代からすると、ギラギラ・ゴミゴミした場所はしんどくてなりません。サンチョ・パンサでしたっけ(違う違う)、ペンギンがキャラになっている大型チェーン店は大の苦手。蛍光灯を買いに行って、なかなか見つからず軽くキレて以来、二度と足を踏み入れていません。店員はなかなかつかまらないし、商品配置は脈絡が無いし。「宝探し」が店舗コンセプトらしいんですが、なんで買い物に来てそんなことをしなきゃならんのだ、なんか根本的にイデオロギーが違う(笑)。

そんな私にも、キューズモールの方は安心できる施設なんですよね。しかも、「もりのみやキューズモールBASE」は施設コンセプトを「豊かに生きる、ココロ・カラダ特区」としているとの由。ちょっと手垢の付いたコピーだなと思わないではないものの、「心と身体の健康」がコンセプトになっているのは、子どもを抱える親としては素直に嬉しいところです。

そうそう、以前から大規模なスポーツ施設が入ると聞いていますが、どれぐらいの規模になるのかが次の興味。「東急オアシス」が入ることになると思われますが、プールの大きさはどれぐらいなのかなぁ。良さそうな施設なら入会するかもです。上記公式発表を見ると、有名なアスリートがパートナーになっているようなんですが、水泳選手がいないのがちょっと不安。

スーパーの「ライフ」も入るようで、来年以降、中央大通り森ノ宮近辺は結構渋滞するかもしれません。



このかなり大規模な商業施設「もりのみやキューズモールBASE」ができる前、この土地は永らく野球場として使われていました。一定以上の年齢の方なら名称をお聞きになったことがあるでしょう。「日生球場」です。

私、野球には何の縁もない人生を送ってきましたが、この球場は家から徒歩10分ということもあり、それなりに縁がありました。

高校野球の予選をやっている時期なんかは、外野席で友人とだべったり、彼女(今の妻です、念のため)とデートしたりするのに利用した覚えがあります。数えるほどしか人がいない観客席。外野席(もちろん無料でした)にいるのは新聞を読んでいるおっちゃんや、のんびりしている私達だけ。誰も野球なんて見ちゃいません(笑)。

時々聞こえるバットの金属音をBGMにウトウトしたり、高いスタンドから球場を見下ろしたり。地味な球場でしたが、今思うと、都市の真ん中にぽっかりと浮かぶオアシスのような場所でした。

プロ野球ナイターの日などは、我が家にまでファンの声援が聞こえてくるぐらいでしたから、私の通っていた公立小学校では、ほとんどの男子が近鉄ファン。体感では7割ぐらいの男子が近鉄ファンではなかったか。男子はみんな判で押したように近鉄バファローズの野球帽を被っていた覚えがあります。私?私は野球に何の興味も無い偏屈な児童でしたので、断固として野球チームの帽子を拒絶しておりました(笑)。

そういえば、私が初めてプロ野球を見たのもこの日生球場。父親も野球に全く興味の無い人でしたが、何を思ったか、ある夕方私を野球観戦に連れて行ってくれました。私が小学3年生の頃だったか、4年生の頃だったか。今の私の息子と同じような年齢の頃です。

父と二人きりだったので、母と妹は留守番だったのでしょう。カードが「近鉄バファローズ対ロッテオリオンズ」だったことだけは憶えています。父も私も野球に関して無知なので、照明で照らされるフィールドや、忙しく走り回る選手達をぼんやりと見ていました。最初は物珍しかったもののすぐに飽きて、6回だったか7回だったかで球場を後にした覚えがあります。

ただ、あの初秋の日の匂い、外野席の高いところを吹く涼しい夜風が、今でも妙に懐かしく思い出されます。父の横顔とフィールドを交互に見ていたっけ。あの頃の父は今の私よりも若かったということを考えると、何か不思議な気がします。仮に今、またあんな時間が持てたなら、どんな話をするだろうか。父には話したいことが山ほどあって、何から話せばよいのか分からない。今は亡き父の代わりに、息子とあれこれ話す日々です。



何か書いているうちにどんどん話が逸れて行ってしまいました。ともあれ、「もりのみやキューズモール」が住民の心に残るような施設になってくれればと願っています。



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