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公道モーターサイクルレース・公道バイクレースの意義

人生って、様々な場面で色々な決断を迫られますよね。でも、この世に生きていて迫られる決断の大部分は、悠長で呑気で気軽なものだという話。



もう6月ですね。仕事関連だけでなく個人的にも色々な計画を進めているので、何やかやと忙しい毎日です。

さて、私にとって、5月末から6月にかけては「マン島TT」の季節。2015年は5月30日〜6月12日の期間で開催されます。「マン島TT」って何かって?

それは以前の記事をご覧頂くとしましょう。公道でスピードを競うのは、アイルランドやイギリスの伝統文化なのです。

マン島TTレースの季節:国語塾・宮田塾のブログ

レースのために閉鎖されているとはいえ、サーキットならぬ公道、時速約300kmという速度域でモーターサイクルを操る(コーナーリングの難度は自動車の比ではありません)というのは、私みたいなへなちょこからすると、想像も付かない技能。技能のみならず死地に赴く度胸も必要なレースです。



政治家やスポーツ選手が「命を賭けて闘います」という言葉をよく口にしますが、それはあくまでも「比喩」ですよね。負けたところで本当に死ぬことはありませんし、命を奪われることもない。

でも、毎年人が命を落とす公道レースの世界において、その言葉は比喩でも何でもなく文字通りの意味を持つ言葉です。だからでしょうか、逆にその言葉を口にする選手は少ないように思います。危険度が高く「何としても生還せねばならない」という気持ちが強ければ強いほど、「命がけ」なんて言葉は簡単に発せなくなるのではないか。

観客からはこんな風に見えます(レースはマン島TTではなくNorth West 200)。


選手からはこんな風に見えます。


過日、マン島や北アイルランドで開催される公道レースを描くドキュメンタリー『ロード』を映画館で見てきたんですが、最後は涙でスクリーンが見えないほどでした。レースを描きながらも、その本質として観客が感じるのは、レースの向こうにある、兄と弟の物語、父と息子の物語。まるで叙事詩のような。まるで味わい深い文学のような。

またその話はいずれ記事にするとして、映画中で印象深かったのは、何度も優勝を重ねているレーサー、ジョン・マクギネスの言葉。「外から見ていると正気の沙汰とは思えないんだけど、本人はちゃんとコントロールしている感覚があるんだ。」

度胸・狂気だけで完走できるほど甘い世界ではないでしょう。ごくわずかなブレーキレバーの操作、ごく微妙なアクセルの開度などを瞬時にコントロールして、死と隣り合わせの世界を疾走している。

モーターサイクルに乗る人なら分かると思いますが、おそらくは、フロントブレーキのレバーやアクセルの開度であれば、数ミリ単位の操作で生死が分けられているでしょう。それを超えて入力すれば、転倒・激突による死が待っている。しかもその判断に掛けられる時間は1秒未満。判断力やそれを支えるメンタル面が極めて重い意味を持つスポーツです。



公道モーターサイクルレースの世界に住む人々の話を見聞きしていると、この世で生きていて迫られる決断の大部分は、悠長で呑気で気軽なものだと思えてきます。決断ミスを犯したところで死ぬことはありませんからね。個人的には、そのことに気付かせてくれるだけでも、この種のレースを見る意義があると考えています。



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