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中学入試国語問題を見て思うこと


いよいよ来週から関西圏の中学入試がスタートします。今日は、国語の中学入試問題を見ていて色々思うことを。

まず、問題文の選択、つまり、どのようなジャンルから出題するか、どのような作家の文章を選ぶか、というところに、その学校の「見識」が表れます。難関中学は、おおむねこのあたりの「見識」が高いように思います。

我が中学に来る生徒は、こうした文章が読める生徒であって欲しい、というメッセージなのだろうと思います。

次に、問題文から作成される問題。どの部分に傍線を引き、どのように受験生に問うのか。理由を尋ねるのか、説明させるのか、それとも感情を読み取らせるのか。解答方法は、記号を選択させるのか、20字で抜き出させるのか、60字で記述させるのか。同じ文章を素材にしていても、出題方法によって全く別の問題になるのは、ご理解頂けるかと思います。

(そういう意味で、中学入試の出題文の予想というのは、ほとんど意味のないものだと思います。むしろ危険なぐらいでしょう。この件にご興味のある方は、下記のブログ記事をどうぞ。)

入試国語のヤマ当て:国語塾・宮田塾のブログ

この面でも、やはり難関中学は、よく練られた出題が多いように思います。塾や予備校の作成する問題が、実際の入試問題にかなり引けを取るのは、この部分だと思います(これは大学受験レベルについても言えます)。

もちろん、難しい問題を作ろうと思えばいくらでも作れます。しかし、問題に答えるのは、中学校に入学しようと勉強してきた小学6年生です。彼らの読解力や表現力を適切に試す問題、つまり、難しすぎず易しすぎずという問題を作るのは、結構大変な仕事です。教える側から見ると、分担制・合議制で入試問題が作成されていることが多いように感じるんですが、それは入試問題作成に客観性が必要だということを意味するのでしょう。



口幅ったいことを言うようですが、問題文選択のセンスにかなり疑問を感じる中学校もあります。中学名は明示しませんが、何年も続いてそういう問題文が出題されると、ワンマンor長老国語教師がいらっしゃって、合議制ではなく、独断で問題を作成しておられるんじゃないか、などと勘繰ってしまうことがあります。

あと、問題文から作成される問題についても、正直「悪問」だな、と感じる場合があります。妙なところに傍線が引かれていて、無理に解答を作らせるような問題です。もう少し練れば、小学生(中学受験生)の読解力を問うのに適した問題になるはずなのに。

もちろん、指導者からすると、「こういうことを聞きたいんだな」ということは分かります。しかし、それは国語の入試問題をチェックしたり教えたりするのが仕事であるからです。いくら勉強を積んできたとはいえ、試験時間という制限の中で、小学6年生がそこまで考えを及ぼすのは無理だろうという出題を時々見かけます。

いわゆる「悪問」であっても、受験生には点を取ってもらいたいので、授業では、そうした問題への対処方法も示してはいます。でも、やはり、入試問題は「良問」であって欲しいと思うのです。

出題される立場の方々も大変だとは思うんですが、受験生の実力をできる限り的確に測る問題を作っていただきたいというのが、受験生を教える側からの(少し贅沢な)願いであります。
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