宮田塾のブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

『海洋天堂』

映画『海洋天堂』を見てきました。

以前から是非見たいと思っていたんですが、この時期は仕事が忙しく、お盆休みまで映画館に足を運ぶ時間が取れません。お盆まで上映が続いているかどうか心配でしたが、無事見ることができました。

『海洋天堂』は地味な映画だと思うんですが、上映していた梅田ガーデンシネマ(単館系の映画館)は、結構な混み具合。観客は、私や妻を含め、「人の親」世代が多かったように思います。

さて、この映画のあらすじは下記の通り(以下ネタバレが含まれていますので、ご注意を)。

47歳の水族館職員・ワン・シンチョン(王心誠)は、自閉症と重度の知的障害を持つ21歳の息子・ターフー(大福)を男手ひとつで育ててきた。ある日、シンチョンは自分が癌に侵され余命わずかであることを知る。自分の死後のターフーの生活を案じたシンチョンは、ターフーを連れて海で心中を試みるが、泳ぎの得意なターフーに助けられてしまう。
命をとりとめ考えを改めたシンチョンは、ターフーを預かってくれる施設探しに奔走し、残されたわずかな時間で服の脱ぎ方やバスの乗り方といった生活の術をひとつひとつ彼に教え始める。そんな親子の姿を、隣人のチャイ(柴)や水族館の館長ら周囲の人々は温かく見守り支えるのだった。
そして、ついに最期の時が近づいてきた…。
海洋天堂 - Wikipedia より引用



予告編はこちらをどうぞ。


余命短いワン・シンチョンを演ずるのは、ジェット・リー。そう、あのアクション・スターのジェット・リーです。彼の出演作品を沢山見ているわけではありませんが、この文芸作品が彼の新境地を開くものであることは私にも分かります。公式サイトを見ると、ノーギャラでの出演だったそうで、自閉症児への理解を訴える彼の気持ちが透けて見えます。



先に見終わった感想から書きたいんですが、本当に本当に心から身につまされる映画です。私も妻も、上映後涙が止まらなかったんですが、まわりの観客もそうだったようで、みなさんハンカチを眼にあてていました。

映画の構成自体はやや冗長に思えるところがないでもないんですが、ストーリーの力強さ、ジェット・リーの真摯な子への思いがこめられた演技に胸をうたれます。おそらく、子を持つ親であれば誰もが共感し、涙を誘われる映画でしょう。

自分が末期の肝臓ガンに襲われる。これはあり得ることです。そして、自分一人で生きていて家族がいないのであれば、「まぁ仕方がないか、この人生楽しかったよ」と割り切れそうな気もします。また、子どもが十分に成長していれば(もちろん別れは辛いでしょうが)、後を託して旅立てばよい。

しかし、幼い子どもがいれば話は違います。この子を自分が育ててやらねば、この子を自分が幸せにしてやらねば、この子に自分が色々なことを教えてやらねば。そうした思いが、人生への執着につながらざるを得ない。

この映画の場合、母親は子どもが7歳の頃に亡くなっており(それにはまた深い理由があります)、父一人子一人の家庭です。息子は21歳ですが、自閉症と重度の知的障害を抱えており、独り立ちができる状態ではありません。

この状況で、どうやって死ねるというのか。どうやって旅立てるというのか。幼い子を抱える一児の父として、ワン・シンチョンの置かれた状況に深く同情し、映画に引き込まれます。

当初、シンチョンは、海で無理心中を図ろうとしますが、失敗(このシーンから映画が始まる)。私自身、自殺を肯定することは嫌なんですが、この状況であれば、誰もシンチョンを責めることは出来ないように思います。

その後の彼は考えを改め、人生最後の時間を、息子の教育に賭けることにします。といっても、シンチョンは、大上段に構えるわけではありません。服の脱ぎ着、バスの乗降、卵焼きの作り方、買物の仕方など、生活に密着したあれこれを息子に教え込んでゆきます。

とまどう息子、時にいらだつ父親。どちらの気持ちを考えても胸が痛みます。「どうして僕にこんなことをさせるのさ!」「俺がこの世を去るまでに、なんとか身の回りのことを出来るようになってくれ!」

私に「教育」を偉そうに語る資格などありませんが、この親子はある意味、究極的な「教育」の姿を体現しているのかもしれません。



この教育に加えて、シンチョンは息子が安住できる施設・場所を探し回るんですが、そうした施設は一向に見付かりません。客観的に考えたとき、知的障害を抱えた息子は、体格を除けば、ほとんど幼児に等しい状況にあるため、一人暮らしが困難なはず。

しかし、特殊学校は成人を受け入れてくれませんし、精神を病んでいるわけではない人が精神病棟に入ることもまた困難です。とぼとぼ歩く父子の姿は、こうした人の受け入れ先がない社会システムを、痛烈に批判しているように私には思えました。映画では、周囲の理解があることが救いになっていますが、実際は、他者の善意に頼って解決できる問題でもなければ、解決すべき問題でもないでしょう。

身体に走る激痛に耐え、あてもなく施設を探しながら、手取り足取り子どもの世話をするシンチョン。生きるための知識を命尽きるまで授けるシンチョン。映画ではありますが、シンチョンに駆け寄って、抱きしめてあげたい気持ちになります。



この映画の最後には、「平凡にして偉大なるすべての父と母へ」というメッセージが流れます。

この『海洋天堂』は、自閉症や知的障害という大きな問題が一つのテーマになっているのは間違いありません。が、それよりもさらに普遍的な親子・父子の関係、つまり、「子を思わぬ親などいない」というテーマこそが、製作者の伝えんとするところなのでしょう。

私は偉大な父ではありませんが、平凡な一人の父として、しっかりとメッセージを受け止めたいと思います。




関連記事

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。