宮田塾のブログ

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田端義夫氏(バタヤン)のこと ソウル・フラワーのこと

バタヤンこと、歌手の田端義夫‬氏がお亡くなりになりました。享年94歳とのこと。もちろん、私の世代的にリアルタイムで聞いていたという歌手ではありません。が、どことなく親近感を持つ歌手であります。

少々話はそれますが、ソウル・フラワー・ユニオンというバンドがいます。良い意味で雑多な音楽性を持っており、前身バンド、ニューエスト・モデルの頃からファンです。最初に見たのは京大西部講堂前でのコンサート、その頃はまだ激しいパンクバンドでした。

彼らは社会的意識が高く、阪神大震災の際、自分たちに何が出来るかを自問し、やっぱり音楽を届けることしかないということで、即座にアコースティック楽器を持って現地入りし(電気を使う楽器は被災地では使い物にならない)、被災者に「うた」を届けるという活動を始めました。

この辺り、被災しなかった者の道楽のように思われるかもしれませんが、決してそうではありません。うまく書けないんですが、彼らの活動を見ていて、被災者と共にある活動だったことは間違いないように思います。250回を超える出前ライブを行ったという一事において、道楽ではないこと、明白でしょう。

被災した老人の前で、持ち前の激しいロックを奏でても意味はありません。三味線やアコーディオンを持った彼らは、年老いた被災者に「今、どんな曲を聴きたいか」と聞いて、演奏する曲を決めていったと言います。

リーダーの中川敬氏のインタビュー記事によると、ご老人達から一番リクエストが多かったのが、バタヤン、田端義夫だったとのこと。私からすると、美空ひばりのリクエストが多そうな気がするんですが、決してそうではなかったらしい。

美空ひばりの歌が悪いと言いたい訳ではありません。しかし、被災者には、演歌時代の彼女の曲は、どこかよそよそしいものに思われたのではないか。逆に、田端義夫の曲は、心を慰撫する自分たちの曲だと捉えられたのではないか。この話は、私にとって、阪神大震災以来ずっと気になり続けているエピソードです。

興味のある方は、下記の動画をどうぞ。

ソウルフラワーみちのく旅団・被災地出前ライヴ




さてさて、話がそれすぎました。

田端義夫‬氏逝去のニュースを聞いてから、YouTubeでバタヤンの曲を色々聴いていたんですが、この人の曲って、どんなに悲しいことを歌っていてもどこか陽性を感じるんですよね。またCDを手に入れようっと。

あと、奇しくもこんな映画が上映予定なんですね。バタヤン、鶴橋にお住まいやったんや!知らなんだ!

ご冥福をお祈り致します。

映画『オース!バタヤン』予告編





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