宮田塾のブログ

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東京オリンピック開催決定に関する雑感

2020年のオリンピック開催地が東京になりましたね。政府関係者・スポーツ関係者はもちろん祝賀ムード全開ですが、マスコミやオリンピック開催で潤う(と皮算用する)人たちも大変な盛り上がりようです。

個人的には、オリンピックにはどうも興味がもてません。いや、スポーツが下らないと言いたいわけではありません。スポーツであれ何であれ、真剣に全てを賭ける人たちの姿勢は尊いと思います。しかし、過度にショーアップされた試合中継や、異常なほどのセンチメンタリズムにどことなく違和感を覚えてしまう。

「スポーツやオリンピックで国威発揚だ!」なんていう考えならまだ可愛らしいんですが、日本のように経済発展を遂げきった、もっと言えば、かなりスレた国の場合、ほとんどの人が口にするのは「オリンピックのもたらす経済的利潤」のこと。何だかこれって古臭くないかと。金儲け・利潤追求自体がダサいと考えている訳ではありません。ただ、スポーツってもっと原始的で獣性に満ちあふれたものではないかと思うんですよね。その荒々しき祭典としてオリンピックはあるべきではないか。

浅井健一の詩を思い出します。

古い世代の奴らは金で何でも買い漁った
だけど俺たちは自然の掟の中で生きる獣の世代さ
‪Blankey Jet City‪「Punky Bad Hip」


そもそも、四年に一回の舞台というのは、選手にとってあまりに過酷ではないか。体力・精神力のピークをオリンピックの舞台に持ってくるのは至難の技ですから、どうしても巡り合わせや運がメダルの行方を大きく左右します。それなら、各競技別の世界大会(例えば世界陸上大会だとか世界水泳大会だとか)にさらなる権威を与えるようにして、オリンピックの方は純粋に獣性を発揮する祭りにすればよいのに、なんて考えるんですが、これだと関係者があまり儲からないんでしょうね。ま、いずれにせよ、私が言っても何の説得力もありません(笑)。

私も一流スポーツ選手の凄さは認めていますし、尊敬もしています(オリンピック雑感:国語塾・宮田塾のブログ)。しかし、一般人もスポーツ選手もオリンピックに異常な価値を認めすぎではないかと思うんです。

誰かが言っていたんですが、インドのオリンピックに対する姿勢には非常に面白いものがあります。ご存知の通り、インドの人口は世界2位で12億を超えているんですが、ロンドンオリンピック(2012年)の獲得メダル数は、金メダル0、銀メダル2、銅メダル4で、総計6。人口13億人強で世界1位の中国が、金メダル38、銀メダル27、銅メダル23で、総計88だったというデータと比べてみると、あまりにもショボい。

でも、これってある意味自然な事だと思うんですよね。おそらく、インドの政府要人も「スポーツなんてやりたい奴が勝手にやったらええやん、国があれこれお金を出したり強化するなんてあほらしいやん」と考えているのでしょう(笑)。スポーツに目の色を変える国が先進国で、そうでない国が後進国だとは決して言えません。むしろ、後者の方が大人っぽい国と言えなくもない。



なんだかひねくれた意見を書いてしまいましたが、私が今回、一番興味を持って読んだのは、下記の記事(ハッピー‏‪@Happy11311さんのTwitter)です。やはり現場の声は貴重。

福島第一原発収束作業中のハッピーさんがオリンピック開催についてつぶやく - Togetter

オリンピックを開催するからには、しっかり成功して欲しいですし、困難を極める福島原発の収束作業にも、せめて何かしらの良い影響を与えてくれればと思います。

さて、そろそろオリンピック出場に向けて練習を始めるとしますか!(嘘です)




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