宮田塾のブログ

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高野龍神スカイラインと天誅倉

今年もあと40日強。月日が経つのは本当に早いですよね。11月は今年度の生徒さんの指導の傍ら、来年度の募集事務や体験授業も並行して行っているので、かなり忙しく過ごしています。

そんな11月ですが、とある日曜日の朝早く、気になる場所に行ってきました。さすがに朝から晩まで仕事ばかりだと身体を壊しそうなので(と言い訳)。

気になっていたのは、和歌山県にある龍神温泉。といっても、温泉に入ろうというわけではありません。高野山から護摩檀山を抜け龍神温泉にまで通じている、全長40km強の「高野龍神スカイライン」に行ってみたいなと数年前から思っていたんです。もちろんいつもの如くバイクで、です。

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(A地点が橋本市、高野山からB地点までが高野龍神スカイライン。)

このドライブウェイ、標高1000m近い場所を走る道路ですから、12月〜3月は二輪車通行止め(自動車はチェーン規制)。通行止めされていなくとも、凍った路面はバイクにとって死を意味するので、走る気はしませんが……。毎年、春や秋に走ってみたいなと思いつつ、なかなか行く機会がなかったんですよね。

大体、大阪市内から和歌山高野山口までの行程が、とにかく面倒くさい。加えて九度山から高野山に上る国道370号線がこれまた面倒な道。普通なら楽しいワインディングなんですが、極度なブラインドコーナーに加えて路面はガタガタ、加えて、大型観光バスが前で蓋をするので、延々と低速運転することを余儀なくされます。大部分が片側一車線、追い越し禁止なのです。

私の場合、休日午前中ぐらいしかまとまった時間がないので(午後は、息子と遊んだり勉強したりする約束、仕事上の雑務が入っているのです)、高野山上に到着した時点でいつも時間切れ。そんなこんなで、龍神スカイラインの入口でいつも回れ右をして帰宅していたのでした。

話はやや逸れますが、地図を見て橋本市・高野山上間については国道371号線でダメなのかと思う方がいるかもしれません。ダメです。国道371号線はいわゆる「酷道」というやつでして、自動車はもちろんオンロードの二輪車でもお薦めしません。以前通った際は(通ったんかい)、20km程度の道のりで出会った車が1台。自動車だと対向も難しい1車線、落石だらけの道です。370号線への迂回を促す看板が何度も現れるんですよね(笑)。

閑話休題、今年こそは冬が本格化する前に一度行ってみようかと決意して、朝5時に大阪を出発。遊びだといくらでも早く起きられる不思議(笑)。上記のルートで龍神スカイライン入口までたどり着いたんですが、寒いこと寒いこと。気温3度です。ある程度は暖かい格好で来たんですが、大阪では最高気温19度という予報だったので、そこまで防寒対策をしてこなかったんですよね。ま、そんな寒暖差も慣れっこなので、中にもう一枚ウェアを着こんで、スカイラインに出発です。

おっと、こんなに寒いのに、ちょっとおバカなバイク乗りが幾人かいます(私もその一人ですが)。バリバリのスーパースポーツ車・レーシングスーツという出で立ちのお兄ちゃん・おっちゃん達が多いようです。ちょっと道端にバイクを止めて観察していると、彼ら、飛ばしまくりです。少なく見積もっても制限速度の3倍近くで走っている(苦笑)。初めての道、取締も多そうな道、死亡事故が多発している道(昨年は1ヶ月に2度バイクの死亡事故があったりした模様)、ということで私はのんびりペースで進みます。

景色は最高ですね。紀伊半島の奥深く、秋の紅葉が目に眩しい。路面状況が良いとまでは言えませんが、適度なコーナーが多くてとても楽しい道です。ただ、時々対向車線をガンガンにチューンされたスポーツカーが飛ばしてくるので、結構気はつかう道でもあります。センターラインを割ってくる車がいてもおかしくはないので、安全マージンを取ることが重要な道ですね。

楽しく龍神スカイラインを南下して、無事龍神温泉に到着。ここから十津川村方面に少し進んだところにある「天誅倉」を目指します。この「天誅倉」も以前から気になっていたところです。

この「天誅倉」、手短に説明すると次の通り。幕末の尊王攘夷派が大和国で挙兵したものの(天誅組の変=幕府に対する尊攘派の初めての武力蜂起)、時の利彼らに非ずして、壊滅する。その一派が逃れ逃れて紀州藩龍神まで落ちのびたものの、自首のやむなきに至り、捕虜として護送されるまで二日間幽閉された米倉、それが「天誅倉」というわけです。国のあり方を思う彼らの意気に感じた紀州藩の責任者は、(罪人ではあるものの)彼らを手厚くもてなしたとのこと。

詳しく説明すると長くなりますので、ご興味をお持ちの方は下記リンク先をご覧下さい。

天誅組の変 - Wikipedia

個人的には、「国のために一命を賭す」なんて思いもよらないことなんですが、その一方で、そうした人たちを嗤うことは下品なことだとも思っています。そんなわけで、この「天誅倉」、ちょっと見ておきたい場所でした。

前もって調べておかないと、まず間違い無く見落とすほど小さい倉ですが、前日にストリートビューで見ておいたので、見過ごすことなく到着。写真真ん中、茅葺き屋根の倉が「天誅倉」です。

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道にバイクを止めて、石段を上ってゆくと、倉を間近で見ることが出来ます。妻子を捨てて荒れ狂う政治の波に身を投じた男達、ある意味ノーブルな、ある意味阿呆な男達ですが、この紀ノ國の山奥に幽閉されたとき何を思うていたのか。

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と、柄にもなく感慨に耽りつつ、写真を撮ったり、碑文を眺めたりしていると、隣家のお婆さんがニコニコとしてこちらにおいでになりました。どうやらバイクで到着したところからご覧になっていた様子。人通り・車通りが皆無に等しいところですから、そりゃ目立ちますよね。

「倉を見に来なはったの?遠いところをおいでになって折角だから、中もみなはったらええよ」と倉の戸を開け、親切に倉にまつわる話を色々として下さいました。私はお年を召した方と話をするのが好きですので(祖父や祖母と長い間同居していたのです)、楽しい一時です。

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この村に嫁入りに来た頃の様子。以前この倉は小さくて屈まないと入れない粗末なものだった話。大きな台風で倉が倒壊した話。その後、県が今の倉を文化財として再建した話。台風の際に倉前の立派な桜の木もへし折れてしまった話。へし折れた部分から新たな枝が出てきて、今ではそれが見事な桜を咲かせる話(写真でも倉に向かって右側に桜の枝が見えています)。

御年89歳とのことでしたが、とても元気な方でして、話している私も嬉しくなってしまうような方。こんなに長生きするとは思わなかったよとおっしゃっていましたが、健康が何より、これからもお元気でいて下さいねとお話しして、バイクに戻りました。

しばらく、あたりをウロチョロしたり、iPhoneで帰路を確認(圏外でしたが)したりした後、バイクに跨がって発進。もう一度上の方の天誅倉に目をやると、先程のお婆さんが嬉しそうに手を振ってくれています。私も「さ〜よ〜な〜ら〜」と手を振り返して龍神村を後にしたのでした。

復路は別のルートをたどって帰宅。お昼ご飯は自宅で。使ったお金は、途中トイレ休憩で立ち寄ったコンビニで食べた「あんまん」1個、110円なり。金銭的には、小学1年生の遠足レベルです(笑)。

また暖かくなったら和歌山の奥の方に出かけてみたいと思っています。


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