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皇后陛下の御歌 平成26年歌会始の儀


今年も皇居で開かれた「歌会始の儀」。皇室マニアではないんですが、例年、ニュースでどんな歌が詠まれたかをチェックしています。何故と言うに、皇后陛下の御歌がいつも素晴らしくて胸を打たれるんですよね。今年の御歌も、やはりとても美しい。畏れながら、少しご紹介しましょう。

今年(平成26年・2014年)の皇后陛下の御歌は次の通り。

み遷りの近き宮居に仕ふると瞳静かに娘は言ひて発つ
(みうつりの ちかきみやゐに つかふると
        ひとみしづかに こはいひてたつ)


去年(2013年)、伊勢神宮は式年遷宮を行いましたが、その際、ご長女の黒田清子さんが臨時の祭主をお務めになったとのこと。彼女が伊勢に出発する前、皇后陛下のもとにご挨拶に訪れなさったそうなんですが、その際のことをお詠みになっています。

「み遷り」はもちろん式年遷宮のこと。
「宮居」は神のまします場所、ここでは伊勢神宮のことです。

つまりこの御歌の上の句は、清子さんの「遷宮のお手伝いのため伊勢神宮に参ります」というご挨拶です。

(私の感覚ですが)音韻的に見れば、「み」という鼻音が効果的に用いられていて、柔らかさをかもし出しているように思います。

そして、下の句。

清子さんは皇后陛下におだやかにご挨拶なさったのでしょう。皇后陛下の目は娘の瞳に注がれます。愛娘の瞳、静かな瞳。

清子さんはお嫁に行かれた方ですから、母親といえど、いつも会えるわけではありません。久々に会った娘が、大役を果たすにもかかわらず、その瞳に穏やかな光を湛えている。そこに我が子の人間的な成長をお感じになったのではないか。

本当の勁さは、落ち着きのないものではないですよね。勁い人はみな、静かで穏やかな人です。大声を張り上げる人に勁い人なんていない。私の個人的見解ですけれど……。

愛娘の持ち得たそんな「勁さ」を表すのが、末尾の「発つ」という動詞。終止形でズバッと来るところに、皇后陛下の文学的センスを感じます。

音韻的に分析すると、「た」は「破裂音」、「つ」は「破擦音」。共に「強さ」をイメージさせる音だと思います。実際に発音して頂くとお分かりいただけるかと。

皇后陛下が、音韻的にお考えになってこの動詞をお選びになったかどうかは分かりませんが、文学的なセンスのある人は、天性の素質でこうした言葉を選択できるものなのでしょう。

皇后陛下の我が子への暖かいまなざし、静かな中に勁さを秘めた愛娘の瞳。抑制された親子の交流は三十一文字(みそひともじ)に込められて。

皇后陛下は、本当に素晴らしい歌人である。

今年もそう痛感した次第。

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